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中国山地を見つめて

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#4 上下を歩く 〜分水嶺にまたがる町並み〜

 太平洋と日本海とを隔てる列島に降る雨は、蒸発したり地下へ浸透したりすることを考えなければ、巨視的に見て太平洋側か日本海側か、いずれかの方向へ流出します。その境界となる尾根筋を「中央分水嶺」と呼びます。中央分水嶺はそのほとんどが列島の背骨たる山脈上を進みます。しかしながら、場所によっては平坦地を中央分水嶺が通過することもあって、そこではごく普通の平野や盆地上の、目では判別できないほどのラインを、中央分水嶺が行く形となります。相対的に穏やかな山並みが続く中国山地には、そうした分水嶺が通過する平坦地がいくつか存在しています。

 広島県の東部、福山市と三次市とを結ぶラインのほぼ中間に位置する上下(じょうげ)の町並みも、そんな分水嶺にまたがる平坦地のひとつです。「上下」という地名の由来を語る説のひとつには、水が日本海側と太平洋側(上下)に別れることを挙げるものもあるようです。そんな地名のおもしろさや、石見銀山へと続く街道筋における町並みのたおやかさに浸りたいとの思いから、この山間の町を訪れました。かつての上下町は2004(平成16)年4月に東接する府中市と合併し、現在では府中市上下町となっています。小ぢんまりとした姿が山あいの穏やかさを体現しているJR上下駅の駐車場にてレンタカーを下車して、上下の町並みを歩き始めました。


上下

上下の町並み
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)


上下の町並み、キリスト教会を望む
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)
扇山

上下川と扇山(市民病院前から)
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)
扇橋

扇橋周辺の景観
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)

 駅前のちょっとした商業集積エリアを過ぎ、国道を北へ横断しますと、旧街道筋と思しき中心市街地の町並みへと至ります。上下は、石見銀山から鞆の津(福山市)へと続く石州街道筋における銀の集積地・中継地の宿場町として栄えた天領でした。町並みを散策していますと、駅周辺に展開する現代の市街地を思わせる商店街と、広島銀行上下支店以東におけるなまこ壁の家並みが美しい景観とが対照をみせているのが理解できます。しかしながらそのコントラストは断絶的な変化ではなくて、上下が藩政期から現在にかけて性質や中心性を変化させながらも地域における中心的な町場としての時間の変遷を感じさせるような、奥行きを感じさせる心地よいエッセンスとして作用しているように感じられました。白壁の町屋が立ち並ぶ町並みは、先述の広島銀行上下支店から、国道が通過する翁橋までの区間においては、2005(平成17)年度に電線の地中化が実施されたようで、町並みもよりいっそうクリアに輝きを放っています。

 まず目を引くのは、白壁の土蔵の上にドーム状の十字架の尖塔を戴いた上下キリスト教会の建物です。旧財閥角倉家の土蔵を改装したという教会の建物は、穏やかな町並みの景観にちょっとした変化を付けていまして、町並みの美しさをいっそう引き立てています。明治初期の商家である重森家の建物や、旧岡田邸の建物など、なまこ壁・白壁に、虫篭窓や格子窓の町屋がうだつをあげる景観が立ち並ぶ、穏やかな町並みが連続していきます。町並みを美しく保存していくために継続的な改修やデフォルメ的な意匠が行われて来たものとも思われる町並みでも、ここまでにレトロな雰囲気をかもし出す景色は、実に謙虚で、慎ましやかに佇んでいるかのように感じられました。家々の間の路地へ入り、穏やかな町並みを楽しみながら上下川沿いを散策しながら、翁橋へと進みました。ここから北へは街道筋からは外れながらも、やはり一部に白壁を残した町並みが続きます。町並みの北端には、大正期に建てられた劇場・扇座が穏やかな姿を見せています。映画や芝居の上演や地域の集会が開催される公会堂的な機能をもった扇座は、大いに繁栄しました。




旧警察署の建物
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)


黒漆喰のなまこ壁のある町屋
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)
分水嶺

分水嶺を示す表示
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)
代官所跡

上下代官所跡の石垣(旧上下支所)
(府中市上下町上下、2007.9.1撮影)

 翁橋周辺の町並みもまた、特徴的な形状を持つものが少なくありません。旅館が多く集積するこのエリアには、見張り櫓を持つ旧警察署の建物を今に伝える岡田屋や黒漆喰のなまこ壁に出格子が重厚な色彩を呈する吉田本店の建物の先に、キリスト教会の尖塔が遠望される風景は、たいへんにたおやかで、豊かな輝きに満ちていました。翁橋南詰めを、国道の東側に緩やかにカーブしながら南下する旧街道筋の景観を楽しみながら進みますと、この街道筋と国道とが合流する付近が、中央分水嶺にあたる場所になります。標高386メートルの分水嶺を境に、北側は江の川水系で日本海へ、南側は芦田川水系で瀬戸内海へ、それぞれつながっていきます。平坦かつ標高の低い中央分水嶺はいくつかの類例が認められるものの、街中を通過する中央分水嶺は全国でも上下でしか見られないものであるのだそうです。

 旧上下町役場(府中市合併後もしばらく支所として使用された後、2007年3月末に閉鎖、4月以降は別の場所で新支所が稼動を始めている)のある場所は天領であった上下の代官所が置かれた場所です。敷地を取り囲む石垣は代官所があった当時のものであるとして、県史跡としての指定を受けています。代官所跡からは、橋の名前にもなっている翁山の丸みを帯びた小ぢんまりとしたかわいらしい山容が見て取れます。麓との標高差150メートルのこの山は、冬季には「翁山世界一の夢のツリー」として全山がまるごとイルミネーションに包まれて、冬の風物詩ともなっているのだそうです。代官所跡からは再び旧街道筋の町並みを歩きながら、旧角倉家の外門の豪奢な雰囲気を残す様子を一瞥しながら、JR上下駅へと戻りました。上下の町並みは、江戸期におけるこの町の繁栄ぶりをその豊かな景観の中に秘めながら、中国山地の只中で、今日もその類稀な歴史を今に伝え、光り輝いていました。
                                      

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