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日高見の大地へ
~2010年、北上市街地・展勝地の春~

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 展勝地公園そして民俗村へ

 展勝地公園は正式には北上市立公園展勝地といいます。北上市街地と北上川を挟んで対岸に位置する都市公園です。1920(大正9)年に行われた植栽事業により桜が植えられて以来、地域を挙げての保護により今日東北有数の桜の名所として親しまれる存在になりました。川に沿って2キロメートルにわたり続く桜並木をはじめ、園内には約150種・1万本の桜があると言われています。快晴の青空の下、桜はまさに満開を迎えていて、陽の光を透かしたソメイヨシノの花弁はこの上ない優しい風合いを呈していて、春真っ盛りの歓喜を表現しているかのようでした。

展勝地公園遠景

展勝地公園遠景(北上川渡船上から)
(北上市内、2010.5.4撮影)
展勝地公園

展勝地公園・桜並木
(北上市立花、2010.5.4撮影)


旧菅野家住宅(国指定重要文化財)
(北上市立花、2010.5.4撮影)
藩境塚

みちのく民俗村内にある藩境塚
(北上市立花、2010.5.4撮影)

 穏やかな桜並木をゆったりと南へ歩きながら進みますと、レストハウスのある一角を経て、「みちのく民俗村」へと向かいました。みちのく民俗村は、展勝地公園に隣接する丘陵地域に北上川流域に建てられていた近世から近代初期にかけての建築を移築した野外博物館です。村内へのアプローチには、かつて北上川沿岸に多く存在した渡し船と水車の実物が展示されており、分かりやすい地図や説明が併設されて往時を偲ぶことができるようになっていました。背後の山々は芽吹きを迎えつつあり、田植え前の晩春の風景が視覚的に想起されるようです。園内には北上川流域の古民家が多く移設され、北上盆地周辺における民俗学的な諸相に触れることができるようになっています。

 そして、この施設のもう一つの特徴が、「歴史学習グループ」としてまとめられたエリアに認められます。藩政時代、現在の北上市街地の南方、相去(あいさり)地区と鬼柳(おにやなぎ)地区の間には仙台・南部両藩の藩境があり、その境の南北には藩境を示す大塚が造られ、さらに重要な地点には境を挟んで一対の小塚が造られていました(挟塚:はさみづか)。ここは間の沢と呼ばれる両藩の境界地帯であり、この挟塚が現存して国指定史跡となっています。幹線街路沿いには藩域を守護するための番所や町が整備されていたようで、そうした町に存在した旧宅や番所の建物が保存されていまして、地方の大藩が対峙していた歴史を知ることができるようになっています。現在は北上盆地一帯が一関市付近まで岩手県の範囲で仙台を県都とする宮城県はそれ以南となっていますが、江戸時代の仙台藩は岩手県の胆沢郡・江刺郡一帯までを統括していたわけです。先に示した大小の塚は、奥羽山脈の駒ケ岳から太平洋岸の唐丹(岩手県釜石市)まで計画的に設置されていました。



みちのく民俗村・南部曲り家(旧星川家住宅)
(北上市立花、2010.5.4撮影)
みちのく民俗村

みちのく民俗村・農村風景
(北上市立花、2010.5.4撮影)
みちのく民俗村

みちのく民俗村内のせせらぎとミズバショウ
(北上市立花、2010.5.4撮影)
みちのく民俗村

みちのく民俗村内のヤマザクラ
(北上市立花、2010.5.4撮影)

 1927(昭和2年)建築の黒沢尻高等女学校(現在の県立北上翔南高等学校)旧校舎や、農村における古民家と田園風景が再現されたエリア、古代における竪穴式住居などが立ち並ぶスペースを経て、春光麗しい東北の穏やかな風景を楽しみました。南部曲り家は、馬産地帯としての伝統を持つ北上盆地一帯に存立してきた家屋形態です。ここには盛岡市近郊、矢巾町に所在した旧星川家住宅と、遠野市に所在した旧北川家住宅が保存されています。家族が住む主屋の土間部分に馬を飼育する部分を直角に足して、居住空間からも馬の様子を確認できるよう工夫された曲り家は、馬とともに生きてきた地域の歴史が刻まれています。

 ソメイヨシノのほか、ヤマザクラやベニシダレザクラなどがあでやかな桜色を春風にたなびかせている園内は春のあたたかな空気の中でいっそう輝いているように感じられます。山裾のせせらぎには、ミズバショウも花を咲かせていたようで、花期を過ぎた株は青々とした葉を元気よくもたげていました。タチツボスミレやヤマブキなどの春の花も随所に花を開いていて、春の雰囲気をさらに盛り上げています。公園の南端の高まりは、陣ヶ丘と呼ばれる中世の城跡が広がります。その丘陵一帯にも多くの桜があって、たくさんの人々がその美しさに酔いしれていました。みちのく民俗村から再び展勝地公園内の桜を一通り楽しんだ後、明治期に私営の有料橋として架橋されたという端緒を持つ珊瑚橋を経て市街地に戻り、北上市街地の彷徨を終えました。

陣ヶ丘

陣ヶ丘の桜
(北上市立花、2010.5.4撮影)
珊瑚橋

珊瑚橋
(北上市立花、2010.5.4撮影)
市街地遠景

北上市街地と和賀川・北上川合流点(男山山頂より)
(北上市稲瀬町、2010.5.4撮影)
市街地遠景

北上市街地と北上川・展勝地公園(男山山頂より)
(北上市稲瀬町、2010.5.4撮影)

 北上からの帰路、みちのく民俗村や陣ヶ丘のさらに南に位置する男山から、北上市街地を俯瞰しました。山頂には永遠の幸福と安らぎを願った「やすらぎの像」が建立されています。ここからは北上川と和賀川が合流する一帯に発展した北上市街地を一望のもとに見通すことができます。展望のきく名勝・景勝の地という意味を持つ展勝地公園の桜並木も眼下に落ち着いた色彩を見せています。かつて太陽が昇る東の果てのフロンティアとして羨望と畏怖とを込めて、蝦夷の地は日高見(ひたかみ)と美称されました。北上の地名もこの日高見に由来するとする説もあるようです。新開の土地から中世の繁栄、大藩が存立した藩政期を経て交通の要衝としての地位を得て静聴した現代まで変遷してきた地域の姿を思う時、春爛漫のときめきに満ちた北上の風景は、日高見の精神が息づくかけがえのない場所の一つであるに違いないと確信できるものであったと思います。

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