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シリーズ京都を歩く

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4.嵐山・嵯峨野散歩
第十段 嵯峨野彷徨

嵯峨野の風景は、寺院の穏やかな佇まいあり、集落のたおやかな景観あり、野菜があおあおと葉を茂らせるのびやかな田園風景あり、多様な顔を持ちながらも、全体としてたいへん落ち着きのある、のどかな景観として展開しているように思われました。嵐山から野宮神社あたりの竹林を越えて、常寂光寺、二尊院などと続く山裾の寺院を過ぎ、畑の只中に佇む落柿舎(らくししゃ)の落ち着いた容貌を楽しみながら山懐の小径に戻り、祇王寺や滝口寺などを経て化野念仏寺、鳥居本へ至るルートは、観光都市京都にあって、極度に観光地化されたエリアであるようです。冬の日が傾き、少しずつ寒気が漂い始めた山野を、多くの人々がそぞろ歩いています。京の町の郊外にあって、のびやかな田園景観や山並み、水辺のあった嵯峨野あたりは、古来より多くの都人が遊んだ地であるといわれます。現代都市・京都にあって、嵯峨野は都市近郊における静かな住宅地域としての顔がより濃厚になっているようにも思います。

そうした都市化の趨勢にあって、伝統的なエッセンスを残す緑地や町並み、寺院の並ぶ景観などが地域的な取り組みによって保存されているようで、嵯峨野全体のたおやかさが洗練されてきたのではとも思います。京の都、そして近代都市・京都の郊外地域としての歩みをそのままに継承してきた嵯峨野の姿は、古都という枠組みとの対極的な位置にあって、淡い輝きを放っているようです。多分に観光化した、あるいは外野によって京都の本質とは無関係に構成された虚構とでも言い換えてもいいものであるのかもしれませんが、そういった側面もまた大きいのでしょうか。いずれにしても“よそもの”があれこれ表現できる性質のものではないことは確かなようです。

常寂光寺付近の小径

常寂光寺付近の小径
(右京区嵯峨小倉山山本町、2004.12.11撮影)
常寂光寺・山門

常寂光寺・山門
(右京区嵯峨小倉山小倉町、2004.12.11撮影)
落柿舎と野菜畑

落柿舎と野菜畑
(右京区嵯峨小倉山緋明神町、2004.12.11撮影)
嵯峨野

嵯峨野・冬の日の中で
(右京区嵯峨小倉山緋明神町、2004.12.11撮影)

大河内山荘の横を抜けて、小倉池東側の小径を進みます。初冬の穏やかな午後は、静かに行き過ぎて、目の前に展開する、ゆるやかな嵯峨野の風景をなめらかに、そしてゆったりと包み込んでいきます。西日本らしい、常緑の照葉樹のてかてかした風合いの中に、しっとりと色づいた紅葉が重なる景観は、実に美しい冬の情景でした。門前に向って軽やかに下る参道もまた落ち着いた雰囲気です。向井去来が閑居したという落柿舎周辺は、蔬菜が栽培される畑が広がっていまして、周囲の緑多き集落景観などとあいまって、これぞ嵯峨野とでも表現できるような、すてきなエリアを形成しています。野菜畑の傍らには、「歴史的風土特別保存地区」と刻まれた石碑がありました。「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」により規定された区域であるようで、京都市内でも多くの地域がその指定を受け、保護の対象となっているようです。

嵯峨野に点在する寺院や史跡は、いずれも歴史の中に鮮烈な足跡を残した来歴を持っていまして、それらに思いをいたしながら散策することも楽しいと思います。とはいえ、私はそういった史実的な事物以上に、今、目の前に展開する、嵯峨野の田園風景、集落景観、穏やかに都市化の波に洗われた現代都市近郊地域としての姿が絶妙に混合した、嵯峨野の姿そのものを尊いと感じます。どのような形であれ、どのような思いの描かれ方であれ、この地域を訪れるすべての人々に、鮮やかな印象を感じさせ、快い感慨を抱かせる地域の凄みは、京都内外の別を問わない、共通の財産であるように思います。それはある人にとっては、先人の残した偉大な業績であり、またある人にとっては目まぐるしく展開した歴史の一場面であり、さらにある人にとっては、京の雅のイメージに重ねられた温かい気持ちとしてインスパイアされた感情であるのかもしれません。それらのすべては紛れもない、嵯峨野の真実の姿ではないのでしょうか。

鳥居本・下地区

鳥居本・下地区
(右京区嵯峨鳥居本小坂町付近、2004.12.11撮影)
鳥居本・上地区

鳥居本・上地区
右京区嵯峨鳥居本仙翁町、2004.12.11撮影)
町並み保存館前

ばったり床机
右京区嵯峨鳥居本仙翁町、2004.12.11撮影)
大沢池

大沢池
(右京区嵯峨大沢町、2004.12.11撮影)

嵯峨野の小径は、化野(あだしの)念仏寺あたりの小規模なみやげ物街を抜けて、鳥居本(とりいもと)へと続いていきます。鳥居本は、古い家並みが連続した愛宕神社の門前に栄えた町です。伝統的建造物群保存地区にも指定されます。以下、現地に設置された説明標示板の表現を引用し、地域の概略をご紹介します。愛宕神社一の鳥居に近い上地区は、茅葺などの農家風の建物が建ち並び、下地区では瓦葺でむしこ窓や京格子、ばったり床机(しょうぎ)などを設けた町屋風の建物が建ち並ぶ構造となっています。この農家風の建物と町屋風のそれとが共存する景観が鳥居本を特徴づけていまして、嵯峨野の自然景観とともに、美しい風景を作り出しています。ばったり床机とは、店先に設置された縁台のことです。商品が並べられて商いがなされたり、客との話し合いがなされたりする場所で、本来は「揚見世(あげみせ)」と呼ばれます。縁台を捲き揚げたときに、脚が台の裏側に収納できるように工夫されていまして、必要に応じて「ばったり」と上下しながら利用されたことから、「ばったり床机」という通称が生まれたものであるとのことです。

鳥居本の美しい町並みを歩き、大覚寺を訪れ、この日の嵯峨野の彷徨は終わりました。大沢池は工事の影響か、あるいは初冬という時期的な事情からか、とにかく理由ははっきりしなかったのですが、極端に水の少ない状態でした。写経をさせていただきながら、世界の、すべての地域の安寧を祈りました。大覚寺前からは、市街地へ向うバスに乗り込みました。やわらかなテイストの郊外地域の景観は次第に都市的な密度を増し、程なくして多くの自動車や人々の行き交う喧騒の中に誘われました。新しさと古さとを絶妙に溶け込ませながら、今日を生きるこの街の縮図を見た思いでありました。四条より地下鉄に乗り換え、JR京都駅へ向った頃には、周囲はとっぷりと日が暮れていました。


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