Japan Regional Explorerトップ > 地域文・近畿地方 > シリーズ京都を歩く・目次

シリーズ京都を歩く

第十八段のページ
第二十段のページへ→
7.洛北の山里を行く
第十九段 夕闇の貴船

 鞍馬の深閑たる森は、裸地から陽樹、陰樹が成育し、カシやシイなどの照葉広葉樹がわずかな針葉樹とともに安定した樹相を見せるようになった、「極相林」の状態になっていると、鞍馬寺による説明案内板は語っていました。極相林となるためには200から300年の歳月が必要とされることを注記しながら、木々などの自然も人間などのほかの生物と同じで大いなる存在によって互いに生かされている存在であることを説き、自然を守るよう促すことばで結ばれていました。午後3時を回り、豊かな森にも夕闇が刻々と迫っていました。辺りは静かさによって支配されていまして、時折木々を揺らす風がその静寂をいっそう感じさせました。奥の院魔王殿には10数人の人々が本殿に並べられたベンチ状の椅子に座って、磐座に向かって目を閉じて祈りをささげていました。

 穏やかな木々がみずみずしい雰囲気を作り出す山道は、貴船に向かって急激な下りとなっていきます。足元に気をつけながら、針葉樹と照葉樹とが混交する森の只中を進んでいきます。秋の空はゆっくりと、ゆっくりとその光量を失っていきます。緑色は豊かな鮮やかさをだんだんと灰色の空気の中に隠していきます。そよぐ秋風、鈍色の空、山肌の褐色、晩秋の鞍馬の森は、季節の移ろいをその瞬間瞬間に見せながら、古来より変わらず受け継がれてきた時流の歯車をゆっくりと回しているように感じられました。その営みはずっと、ずっと、この穏やかな、豊かな森のなかで、ひそやかに続けられていくこととなるのでしょうか。

山道

鞍馬から貴船への山道の景観
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)
西門

鞍馬寺・西門
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)
参道

貴船神社・参道
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)


貴船神社・参道付近の紅葉
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)

 山道は坂を下りながら、カーブを描きながら続いていき、やがて黒木の鳥居から笠木を取り除いたような形のシンプルな構造の門-鞍馬寺西門-へと導かれました。門の外は小さな流れに架けられた橋へとつながっています。ここは貴船。川は貴船川です。たおやかな山奥(さんおう)の貴船は、川床を擁する旅館が軒を連ねておりまして、高級感溢れる情緒を漂わせています。夕刻の紅葉は軒先の提燈や道端に置かれた灯篭などのほのかな明かりに照らされて、えもいわれぬ美しさです。貴船川沿いを歩きながら、貴船神社へと向かいました。神社への石段の両側にも朱塗りの灯篭が並び、足元にも明かりが点されて、幻想的な雰囲気を盛り上げています。

 貴船神社は、水を司る高おかみ(「おかみ」の字は雨冠の下に「口」を横に3つ並べて書き、さらにその下に「龍」の字を置いた字です)の神を祭神とします。一説には玉依姫が浪速より淀川を遡ってここにやってきて祠を建てたものを起源とするともいわれます。しかしながら、「貴船」は木生根、あるいは木生嶺とも書いて木の神であったものを、平安遷都以来賀茂川の水源にあたることから水の神を祀るようになったものであるらしいともされているようです。水音のさわやかな空気の下、透き通るような木々に囲まれた社殿は、木の神でも、水の神でもおわすような、自然な穏やかさを感じさせます。本殿の先には縁結びの神様である「結社(ゆいのやしろ)」も祀られています。周囲の紅葉は、燃えるような輝きをライトアップによっていっそう鮮やかさを増していました。

貴船神社

貴船神社
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)
参道

貴船神社・参道夕景
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)
紅葉

貴船・紅葉夜景
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)
貴船

貴船・川沿いにある町場の景観
(左京区鞍馬貴船町、2006.11.23撮影)

 貴船神社参拝を終えて、貴船口駅方面のバスに乗車しようと川沿いへ再び出た頃には日はどっぷりと暮れていました。貴船川はその川面に篝火や灯篭などの光を穏やかに返しています。明かりに照らし出された楓の赤も夕闇に包まれてさらに輝きに溢れていきます。貴船はこの瞬間、極上の秋の輝きの中にありました。穏やかな川のせせらぎ、ほほを濡らすような秋風のさわやかさ、そして、周囲を彩る紅葉の色。その大半は人工的な造形によって演出されたものであるとはいえ、そうした風景に秋らしさを感じる基底には、日本の秋の和やかな情趣が現代にも脈々と存在し続けているためなのではないかと思いました。
貴船を散策するたくさんの観光客を乗せた臨時のバスは、夕闇に完全に覆われた時刻となってもひっきりなしに狭い山道を往来していました。貴船口駅のプラットホーム周辺も見事なまでに木々が色づいていまして、ふんだんにライトアップがなされていました。

 鞍馬山から貴船へのルートは、信仰と自然の存在とを穏やかに感じさせる道程であったように思います。さまざまな物事に追われて忙しなく行過ぎる現代にあっては、そこはそうした喧騒を忘れさせる、心和ませるハイキングコースであるともいえます。そうした穏やかな自然に身をゆだねながら、ゆったりとした心でそれに向き合い、自身を省みて新たな糧とする、そんな豊かな気持ちが自ずと湧いてくるようなその道筋は、ここを訪れる人々にきっと新鮮な感動と叡知とをもたらしてくれることでしょう。


第十八段のページ

第二十段のページへ→

このページのトップへもどる

シリーズ京都を歩く目次のページへもどる           ホームページのトップへもどる

(C)YSK(Y.Takada)2003-2007 Ryomo Region,JAPAN