Japan Regional Explorerトップ > 地域文・関東甲信越地方 > みすずかる信州絵巻・目次

みすずかる信州絵巻


 ←#6のページ  #8のページへ→
#7 伊那谷から諏訪へ(後) 〜桜をとおして地域を俯瞰する〜

 南信州、伊那谷の山懐にあでやかに咲く桜を巡った後は、国道153号を北へ進み、雄大な地溝帯を形成する伊那谷の只中を進みました。伊那谷は中央を天竜川が南北に流下し、東西の木曽山脈(中央アルプス)と赤石山脈(南アルプス)に挟まれた盆地です。天竜川沿いには河岸段丘が形成されていまして、右岸側を中心に流れ込む支流が浸食した大規模な谷間(田切地形)が発達し、伊那谷の地形を特徴付けています。飯田市内を通過したとき、沿道に植えられたりんごの街路樹が、わずかに花を開き始めていまして、仲春から晩春へと移行しつつある季節を感じさせました。

千人塚公園

千人塚公園
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)
千人塚公園の桜

千人塚公園の桜
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)
城ヶ池と中央アルプス

城ヶ池と中央アルプス
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)
千人塚公園周辺の松波

千人塚公園周辺の松波
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)

 我が国にはいわゆる「桜の名所」と言われるような、桜が集中的に植林された場所が数多く存在します。その一方において、山間部や農村部などを中心に、ソメイヨシノが誕生する遙か以前から根を下ろし、地域を見守ってきたような、特色ある一本桜のまた無数にあって、多くの人々の目を楽しませてきました。伊那谷からその北の
諏訪地方へと進んだ今回の彷徨の後半は、そうした桜の景勝地を巡りながらも、大地に根を張る「名桜」も訪ねることとしていました。伊那谷のほぼ中央部、伊那谷の北部を占める上伊那郡では南部に位置する飯島町は、西方に中央アルプスを、東方に南アルプスを望む立地から、「ふたつのアルプスが見える町」を町のキャッチフレーズにしている、人口約9,400人ほどの町です。天竜川に近い場所を北進する国道を西へ、段丘崖を数段上った先に、目指す千人塚公園がありました。

 公園は「ため池百選」にも採られている溜め池「城ヶ池(じょうがいけ)」を中心に整えられていまして、多く植えられているソメイヨシノは、1940(昭和15)年に地元青年会が主体となって整備されてきたものであるとのことです。まさに地域ぐるみで守り育てられてきた景観です。池の向こうには桜の帯を介して中央アルプスの残雪を抱く山々が一望できまして、周囲の松並を中心とした森林の緑とも相まって、とてものびやかな風景を探勝することができました。溜め池は戦国時代の城柵の空堀を利用して1934(昭和9)年に作られたものです。千人塚の名は戦国時代の戦乱の後、敵味方の遺骸武具一切を埋めて塚としたと伝えられるという哀史も秘められています。

南アルプスを望む

城ヶ池から南アルプスを望む
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)
千人塚

千人塚
(長野県飯島町七久保、2015.4.22撮影)
中曽根のエドヒガン

中曽根のエドヒガン(権現桜)
(長野県箕輪町中曽根、2015.4.22撮影)
中曽根の景観

中曽根の景観
(長野県箕輪町中曽根、2015.4.22撮影)

 千人塚公園を後にして、伊那谷の茫漠とした大地を北へ、森や畑や集落が点在する風景を確認しながら、時折西方に眺望できる中央アルプスの山容を楽しみながら、さらに行程を進めました。上伊那地域で市政をしく駒ヶ根、伊那の両市域を超えて、同地域北部に位置する箕輪町へ。中曽根地区の集落内に堂々たる樹勢を誇るそのエドヒガンの桜は、樹齢は約1000年という大木で、訪れたこの日も空をつかもうとするような枝いっぱいに、慎ましやかな桜色を帯びて佇んでいました。その樹高は15メートル、幹周りは根元で周囲6.7メートルもあります。遠目に見てもその幹の太さは際立っていまして、幾星霜の時を超えてここに生きてきた力強さを存分に感じさせます。傍らには小さな祠が祀られていまして、「権現桜」と呼ばれます。地域における信仰のよりどころとして、大切にされてきた歴史も思わせます。桜のある場所からは中央アルプスへの視界が開けていまして、大きな桜の木と壮大な山並みとのコントラストは、まさにこの地ならではの佳景であると感嘆せずにはいられませんでした。

 中曽根のエドヒガン(権現桜)を訪れた頃には既に午後4時30分近い時間となっていまして、夕刻が近くなったこともあり、諏訪地方への移動を急ぎました。辰野で国道153号から離れて、天竜川沿いに諏訪地方へと車を走らせます。岡谷市域に入り一瞥した天竜川の最上流部は、その中流域において見られるような急峻な峡谷の風景とは似ても似つかないような見た目にも穏やかな流れであったことが印象に残りました。岡谷市街地を通り抜け、諏訪大社下社門前の景観を確認しつつ、諏訪湖を見下ろす高台にある見水月(すいげつ)公園へ。ソメイヨシノやコヒガンザクラが約560本植えられているという公園からは、桜色のさざなみの向こう、水鏡のごとく静かな湖水を湛える諏訪湖の沿岸一帯に広がる町並みが、とても美しく広がる様子を眺望することができました。


中曽根のエドヒガン

中曽根のエドヒガンの傍らにある祠
(長野県箕輪町中曽根、2015.4.22撮影)
中央アルプスと桜の風景

伊那谷・中央アルプスと桜の風景
(長野県内、2015.4.22撮影)
水月公園

水月公園からの眺望
(長野県下諏訪町東町、2015.4.22撮影)
水月公園

水月公園・夕景
(長野県下諏訪町東町、2015.4.22撮影)

 水月公園から夕日に染まる桜の情景に触れて、徐々に提灯に明かりが灯り始めて、この日の活動は終わりの時間を迎えました。天竜川の流域という視点では下流から上流へと辿りましたが、地形的には山間部から広い湖を擁する盆地へと至った今回の彷徨は、視覚的にはその逆を巡ったような感覚でした。このことは、日本の屋根たる脊梁に挟まれながら多様な地域を持つ長野県域の特性をまさに象徴するような事象として、ストレートに実感されました。そうした変化に富んだ風景の中で、春の訪れを濃厚に刻み込ませた桜のしなやかさは、大地と共に生きる信州という土地の輝かしさそのものであるように思われました。

 ←#6のページ  #8のページへ→


このページの最初に戻る

 「みすずかる信州絵巻」の目次のページにもどる      
トップページに戻る


(C)YSK(Y.Takada)2018 Ryomo Region,JAPAN