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青木ヶ原樹海、神秘の森と洞穴を歩く

2020年8月10日、山梨県富士山麓の青木ヶ原樹海を訪れました。今から約1200年前の大噴火で流れた溶岩の上に成り立つ森は、
火山の多い我が国の大地が歩んだ歴史を刻みながら、訪れるものを神秘の世界へと誘っていました。

訪問者カウンタ
ページ設置:2023年4月15日

鳴沢氷穴から富岳風穴へ 〜富士の溶岩がつくった地形を歩く〜

 2020年8月10日、コロナ禍ではありましたが、緊急事態宣言の対象外である山梨県、富士山麓へと久しぶりに出かけてみました。夏空が眩しい甲府盆地を南へ、河口湖を渡ってさらに進みますと、この年は開山しなかった富士山が蒼々とした姿を見せていました。樹海方面へと進む富士パノラマラインを西へ、道の駅からも鬱蒼とした樹海の森と、富士山の姿を間近に確かめることができました。

道の駅なるさわ

道の駅なるさわからの風景
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
道の駅なるさわから観た富士山

道の駅なるさわから観た富士山
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
鳴沢氷穴入口

鳴沢氷穴入口
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
鳴沢氷穴

鳴沢氷穴
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
溶岩樹型

溶岩樹型
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
東海自然歩道

東海自然歩道
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)

 鳴沢氷穴へは、車では道の駅からさほど遠くない距離で到達できます。864(貞観6)年に富士山が大噴火を起こしたときに噴出した溶岩流によってできた氷穴は、年間でも1〜3度ほどであるため、1年を通じて氷が形成されることから氷穴と呼ばれます。氷穴は樹木などを取り込んだ溶岩が固まった際に巨木は焼けて空洞になり形成された竪穴型の洞窟です。地上にぽっかりと空いた丸い形の窪地から、取り付けられた金属製の階段を下りますと、内部から吹き込む冷風によって急激に気温が低下していくのが実感できます。内部では氷穴の名のごとく天然の氷柱が随所に認められます。場所によっては屈まなければ通れない場所もあって、溶岩流の表面が冷え固まって内部に空洞ができ、圧力差でガスが噴出しできたという地形の特徴が体感できます。

 鳴沢氷穴から富岳風穴までは、東海自然歩道の「樹海コース」の一部を歩きます。付近は富士山麓の原生林・青木ヶ原樹海の一部です。青木ヶ原は先に示した貞観の大噴火の時に流出した溶岩の上にひろがる豊かな森です。森の誕生は噴火時の1200年より後のため、森としては若い部類にあたります。付近には溶岩に巻き込まれた樹木が風化しその跡だけが残った「溶岩樹型」も残されていました。樹海は富士五湖の一角を占める西湖、精進湖、本栖湖にまたがって広がる面積25平方キロメートルの原生林です。モミやツガなどの針葉樹を中心に、ブナなどの広葉樹が混交する森は、根元を観察しますとごつごつとした溶岩が露出していまして、ここが大規模な溶岩の上であることを示しています。鳴沢氷穴から樹海の中を歩くことおよそ30分で、富岳風穴へと辿り着きました。

溶岩の見える地表面

溶岩の見える地表面
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
青木ヶ原樹海


広葉樹も繁茂している
(山梨県鳴沢村、2020.8.10撮影)
富岳風穴入口

富岳風穴入口
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
富岳風穴

富岳風穴・縄状溶岩
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
富岳風穴

富岳風穴・入口から見上げる
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
富岳風穴

周辺の樹海の景観
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)

 風穴は氷穴とは異なり、起伏の少ない横穴の洞窟です。地表を流れた溶岩の表面が固まった後に、いまだ冷え固まっていない内部の溶岩がその殻を破って流下していき、横向きの空洞が残されたものが風穴です。年間を通じて冷涼な風穴の環境は、近世には蚕の卵を保存することに活用され、年間を通じて養蚕を行えるようになり、当時の殖産興業に貢献しました。風穴はその希有な地形として天然記念物となるとともに、歴史的にも重要な近代遺産であるともいえるのでした。


青木ヶ原遊歩道を辿り西湖へ 〜鬱蒼とした樹海の静謐〜

 富岳風穴の探訪の後は、氷穴へと入る車道の横を進んでパノラマラインへ出て、この国道に沿うようにつながる樹海内の遊歩道を歩きます。歩道の入口には自殺を思い止まらせるような文章と相談ダイヤルが掲出された看板があってはっとさせられます。この看板が物語るようなイメージがどうしてもつきまとう青木ヶ原ですが、実際に足を踏み入れると広葉樹の明るい森が続いていまして、夏空の眩しいこの日は樹冠から木漏れ日が想像以上に豊かに差し込んでいました。

富士パノラマライン

富士パノラマライン
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
樹海遊歩道

樹海遊歩道
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
西湖野鳥の森公園

西湖野鳥の森公園
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
根場地区、茅葺き屋根の建物

根場地区、茅葺き屋根の建物
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)

 パノラマラインを離れて、西湖野鳥の森公園方向へと進むルートへ進んできます。西湖から河口湖の北側を貫通する県道21号、通称湖北ビューラインに沿うように進む遊歩道も、これまで歩いてきた道のりとほぼ同様な、広葉樹に針葉樹が混じり合う風景が続いていました。階段状に整地された水田の中を、和に塚の桜の前へと歩を進めます。芝生広場がすがすがしい野鳥の森公園へを通過し、西湖のほとりにある根場エリアへ。茅葺き屋根の建物が建ち並ぶ趣のある風景もある地域は、西湖に面する民宿の集まる静かな根場地域を歩いて行きます。湖岸へ降り立つと、青木ヶ原の森から御坂山地の稜線まで一望に見渡せて、そのあわいに佇むように穏やかに水を湛える西湖の風景は晩夏の静穏に満ちていました。

 西湖の西岸を歩きながら、樹海の内部へと誘う樹海遊歩道に再び入り、緩やかな起伏のあるトレイルを進んでいきます。樹海の深部は遊歩道が縦横に整備されるとともに、豊富なサインも設置されていて、遊歩道から外れなければ快適な森林トレッキングを楽しむことができます。この日はこの壮大な原生林の只中へ飛び込もうと、少なくない人々が訪れていました。遊歩道には波打つような溶岩の模様が生々しい雰囲気で、1200年前に起きた未曾有の大噴火の痕跡に心を揺さぶられました。西湖ネイチャーセンター近くの天然記念物・コウモリ穴へ。縄状溶岩や溶岩ドームなど、噴火特有の地形が確認できる洞穴を見学し、竜宮洞穴に立ち寄りながら、最初に訪問し自家用車を置いていた鳴沢氷穴へと戻りました。

ススキが穂を出していました

ススキが穂を出していました
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
西湖

西湖
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
コウモリ穴

コウモリ穴の入口(内側から撮影)
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)
龍神洞穴

龍神洞穴
(山梨県富士河口湖町西湖、2020.8.10撮影)

 青木ヶ原樹海と、大噴火の記憶を封じ込めるような溶岩地形の数々は、雄大な富士山麓の静かさの中にあって、盛夏の日差しに穏やかに照らされていました。幾星霜の地球が生きてきた想像を超越する長い長い時間ではほんの僅かな時間に過ぎないこの日と、噴火に蹂躙された一日とが隣り合わせに存在する、そうした鑑賞をも想起させる散策でもありました。


精進湖畔の風景と猿橋の名勝 〜晩夏の緑に満ちた風景〜

 青木ヶ原の樹林帯では、葉が青々と輝きを見せる傍らでススキが穂をなびかせ始めていたり、カエデの葉が枝先で赤く染まり始めていたりと、やがて訪れる秋の雰囲気も感じられました。富士パノラマラインを走らせて精進湖の湖畔へ。そこから小さな湖の先、山の上に小さく顔を出した富士山の見える景色を確認した後は、精進ブルーラインの異称を持つ国道358号を北へ進んで甲府盆地へ至り、そのまま国道20号を東へ。笹子峠をトンネルで抜けた先は大月市街地を抜けてさらに進んだ先名勝・猿橋を訪れました。古来より交通の要衝として知られる猿橋は、近世以降は甲州街道の通る橋として、その渓谷美の風光とともに日本三奇矯のひとつとして知られる存在でした。相模川の上流にあたる桂川が峡谷によって狭まり、架橋のしやすい場所に造られた刎橋(はねばし)は、橋桁が腐食しないように屋根が付けられた構造も特徴です。現在では国道は別のルートを通るようになり、猿橋は人道橋となって、静かな散策を楽しめるようになっています。夕刻が迫る峡谷は深い翡翠色にきらめいていて、のびやかな情趣を醸し出していました。

精進湖と富士山

精進湖と富士山
(山梨県富士河口湖町精進、2020.8.10撮影)
精進湖

精進湖の景観
(山梨県富士河口湖町精進、2020.8.10撮影)
猿橋

猿橋
(大月市猿橋町猿橋、2020.8.10撮影)
猿橋

猿橋付近の桂川の渓谷
(大月市猿橋町猿橋、2020.8.10撮影)

 猿橋周辺の散歩を終えて、中央道の上野原インターチェンジに乗る頃には日が暮れ始めて、富士山麓を彷徨した一日は終わりを迎えようとしていました。コロナ禍により、富士登山が全面的に禁止となった2020年にあって、その足下である青木ヶ原樹海を訪問できたことは、富士山がつくる多様な自然環境を存分に感じ、自らの記憶の中に昇華させるまたとない機会を提供させてくれることともなりました。


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