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関東の諸都市・地域を歩く


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#158 幸手、権現堂堤の桜を訪ねる ~利根川東遷事業の痕跡を彩る春~
 
 2019年3月30日、夕刻が近づく東武日光線・幸手駅を訪れました。幸手駅舎は3月16日に橋上駅舎として竣工し、17日から供用が開始されたばかりで、シンプルなデザインと落ち着いた色調の真新しい駅舎は、付近の町並みと程よく調和しているように感じられます。幸手は2017年4月に訪れて以来で、その時は旧宿場町を反映した市街地を概観しています。今回は関東でも有数の桜の名所の一つである「権現堂堤」を目指し、駅東口前を出発しました。駅前のソメイヨシノの木は五分咲きくらいの印象で、桜の季節の到来を告げていました。

幸手駅

東武日光線・幸手駅
(幸手市中一丁目、2019.3.30撮影)
幸手駅前のソメイヨシノ

幸手駅前のソメイヨシノ
(幸手市中一丁目、2019.3.30撮影)
幸手駅前の風景

幸手駅前の風景
(幸手市中一丁目、2019.3.30撮影)
旧日光街道筋の景観

旧日光街道筋の景観
(幸手市中一丁目、2019.3.30撮影)

 桜の花のイラストが掲げられた街灯が立ち並ぶ駅前の通りを東へ進み、幸手駅入口交差点で交差する旧日光街道筋のメインストリートを北へ折れます。現代の建築の中に町屋造の建物も残る古い町並みを歩きながら、五街道の一つとして藩政期以降主要な道路であった道筋を歩いて行きます。沿道は町屋のほかにも、近代前半を彷彿とさせる洋風の建物などもあって、江戸時代の宿場町を基礎に、現代まで市街地として近隣の中心地として存立してきた歴史をも感じさせます。街道は正福寺の門前でクランク状に曲がっていまして、宿場町の北を限るような立地に寺院が配されています。この鉤の手状の構造は明治期の地勢図にも描かれていまして、それが藩政期以降続くカーブであることが類推されます。同寺には1783(天明3)年の浅間山の大噴火に端を発する「天明の大飢饉」の際、町の有志が出資し難民の救済にあたったことを顕彰する碑も建てられています。

 市街地を抜けてそのまま旧街道筋を進んでいきますと、やがて東側から、幸手市街地をバイパスとして迂回する国道4号が合流してきます。国道4号の歩道からは、東側に権現堂堤のソメイヨシノの並木が少しずつ概観できるようになっていきます。ガソリンスタンドのある交差点を右折しますと、権現堂堤を含む権現堂公園は間近となります。駐車場の近くにはヨウコウと思われる桜色の濃い桜が数本植えられていまして、ソメイヨシノに先立って満開の花を見せてくれていました。権現堂堤は、中川のうち、かつては利根川の本流であった部分につくられた堤防が残されていまして、関東地方でも有数の桜の名所として今日でも多くの人々が訪れる場所となっています。堤の上に植栽されたソメイヨシノは7から8分咲きと行った感じで、徐々に夕方に移行する時間の中、淡い桜色を空の色に溶け込ませていました。

日光街道筋・洋風建築

旧日光街道筋・洋風建築
(幸手市中四丁目、2019.3.30撮影)
クランクする街路

正福寺門前・クランクする街路
(幸手市北一丁目、2019.3.30撮影)
内国府間交差点

内国府間交差点(国道4号)
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)
国道4号から権現堂堤の桜を望む

国道4号から権現堂堤の桜を望む
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)

 埼玉県東部から千葉、茨城県一帯を東へ流れる現在の利根川の本流は、江戸時代に行われた「利根川東遷事業」と呼ばれる一連の治水工事によって形成されたものです。元来、利根川は江戸湾に注いでおり、同時に今は利根川の支流である渡良瀬川も利根川と独立した流路を持ってやはり江戸湾に流出していました。それらの流れを段階的に東方へ付け替えながら、利根川を太平洋に続く河川へと変えていった一大事業が断行され、権現堂堤はその痕跡の一つであるといえます。この事業の詳細をご紹介しますとたいへんな分量となりますのでここでは割愛する他ありませんが、その工事の中途で一時期利根川の本流であったこともある流れを望みながら、現在の権現堂堤はソメイヨシノの花で彩られています。

 権現堂堤の傍らには菜の花畑が整えられていまして、桜色と菜の花の黄色とのコントラストが、例年訪れる人々の目を楽しませています。咲きそろった菜の花は、さながら一面の黄色の絨毯といった風情で、満開を前に滲むような桜色の濃淡が緻密なグラデーションをつくる桜の波と絶妙な対照を見せていました。公園内には全国の桜の名所から寄贈されたさまざまな品種の桜の木も豊かな色彩を見せていまして、シダレザクラやヒガンザクラ、カバザクラなどの多様な桜の花を観賞できるようにもなっています。外野橋で中川を渡り、水門で中川と接続している権現堂川の方へと歩を進めました。この河道は大正末期に利根川と分断されて廃川となり、その河道跡は調整池となって現在に至ります。行幸(みゆき)湖の名でも呼ばれるその水面近くにも一部に桜が植えられていまして、中央にある大噴水に向かい合っていました。

権現堂堤の桜

権現堂堤の桜
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)
権現堂堤・桜と菜の花畑

権現堂堤・桜と菜の花畑
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)
行幸湖

行幸湖
(幸手市権現堂、2019.3.30撮影)
中川と権現堂堤遠景

中川と権現堂堤遠景
(幸手市権現堂、2019.3.30撮影)
ライトアップされた権現堂堤

ライトアップされた権現堂堤
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)
妖艶に輝くソメイヨシノ

妖艶に輝くソメイヨシノ
(幸手市内国府間、2019.3.30撮影)

 やがて夜の帳が降りるにつれて権現堂堤はライトアップのやさしい光に包まれ、桜色もその妖艶さを増していきました。堤上の散策路に沿って取り付けられた提灯もいっせいに明かりが灯されて、みずみずしい桜の花びらを穏やかに照らしていました。堤には桜のほか、アジサイも多く植えられていまして、権現堂堤は時季にはアジサイの花も楽しめる場所でもあります。そのアジサイの木も新芽が芽吹き始めていまして、季節の移ろいを実感しました。


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