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シリーズ京都を歩く

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10.洛中洛外・桜花雅散 〜2010年京都桜遊歩〜
第二十八段 賀茂川から東山へ 〜桜でつなぐ路〜

  2010年4月10日の京都市内で桜をめぐる散策は、朝の涼しい空気がほほをくすぐる嵐山から始まり、市街地北西辺の世界遺産に指定された寺院、洛中のさまざまな場所の彷徨を経て、京都の東を流下する賀茂川端へ至りました。時刻は既に午後2時30分となっており、ここからは東山方面へ可能な限りフィールドワークを進めていきました。ソメイヨシノが満開を迎えた堤防の上を歩きながら、うららかな春の風景を楽しみました。時折菜の花もきらめくような黄色をそこここに見せています。ユキヤナギの純白のかわいい花も風にそよぎます。

 北大路通と北山通との間の左岸、京都府立植物園に沿った遊歩道は、「半木(なからぎ)の道」と呼ばれます。植物園内に鎮座する上賀茂神社の境外末社である半木神社の社叢(半木の森)に因み命名されたもののようです。植物園でも半木の森の自然林としての特性を生かし、できるかぎり自然に近い形の造園を行っているようです。遊歩道にはシダレザクラが多く植栽されていまして、散策路をまたぐように竹組みが並び、さながら藤棚のようにシダレザクラが揺れる風情を鑑賞することができます。河畔の芽吹きを始めた木々のさわやかさもあいまって、シダレザクラの上品な桜色がいっそう気高く感じられます。

賀茂川

賀茂川の景観
(上京区/左京区、葵橋より、2010.4.10撮影)
賀茂川

賀茂川左岸の遊歩道
(左京区下鴨宮崎町付近、2010.4.10撮影)
賀茂川

賀茂川左岸の遊歩道
(左京区下鴨宮崎町付近、2010.4.10撮影)


半木の道
(左京区賀茂今井町、2010.4.10撮影)
半木の道

半木の道付近の賀茂川
(左京区賀茂今井町、2010.4.10撮影)
半木の道

半木の道と森
(左京区賀茂今井町、2010.4.10撮影)

 賀茂川端を離れて、出町柳から今出川通を東へ、銀閣寺道から哲学の道へ進みます。昨年12月は紅葉や山茶花に彩られていた疎水沿いは、春本番を迎えて、ソメイヨシノやオオシマザクラの鮮やかなトンネルへと移り替わっていました。朱色に色づき水面を照らしていたカエデも、さみどり色に衣替えした新たな葉を枝いっぱいにつけて、疎水に彩りを添えていました。哲学者・西田幾太郎が散策し思索にふけったという散歩道は、春の到来への歓喜と安らぎに浸りさえすればすべての充足が約束されるかのような、春の美しさの極致を感じさせました。

 観光地としてあまりにも著名となった現在は、たくさんの人々が闊歩する環境とはなっていますが、それでも東山のたおやかな山並みの下を静かに行き過ぎる疎水の風情は、京都がその歴史の中で培ってきた風雅の系譜につながる奥ゆかしさを十分に含んでいるように思われました。道沿いの家々も生垣や庭木をきれいに管理しているところが多くて、ここを訪れるたびにその美意識の高さにも感嘆しています。熊野若王子神社の前から坂を下り、永観堂門前を経て南禅寺へ。相変わらずの威風を放つ三門や疎水を通水する水路閣などをひととおり確かめながら、山門前のヤマザクラを楽しみました。緑と赤が交わり褐色のような色合いの葉が雅やかな色彩を呈していました。




哲学の道(銀閣寺道付近)
(左京区内、2010.4.10撮影)


哲学の道
(左京区内、2010.4.10撮影)


哲学の道
(左京区内、2010.4.10撮影)


哲学の道
(左京区内、2010.4.10撮影)

 南禅寺を出て、インクラインから平安神宮前の岡崎公園にかけても、満開のソメイヨシノが続く道のりでした。平安神宮の社殿は、1895(明治28)年に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として、平安京遷都当時の大内裏を8分の5の規模で復元したものです。岡崎公園として整備された周辺は、琵琶湖疏水の広い水路を軸として京都市美術館や動物園、府立図書館、京都国立近代美術館などの文化施設が集積しています。市街地に隣接しながらこれほどの広大な空間を公共施設が占めているのは、現在では大変貴重なことのように思えます。ここ岡崎界隈は先述した博覧会開催時には郊外の比較的荒廃した地域となっており、大規模な空間を確保するには格好の土地であったようです。

 平安神宮の大鳥居をくぐり、桜並木に誘われるように白川沿いを進みました。柳の新緑がしっとりとした佇まいを見せる川に、一本橋と呼ばれる小ぢんまりとした石橋がありました。比叡山の阿闍梨(あじゃり)修業で千日回峰行を終えた行者が、京の町に入るときに最初に渡る橋として、行者橋とも呼ばれているもののようです。白川沿いをそぞろ歩きながら、夕闇の迫る祇園へと到着しました。八坂神社の山門前も芋を洗うような人出となっていました。八坂神社の東に隣接する円山公園は桜の名所として知られます。公園の枝垂桜は名木としてあまりにも著名です。黄昏時、やわらかな夕日をやわらかく浴びるシダレザクラは、春色にみずみずしく輝いていた日中の姿とはまた違った、妖艶でなまめかしい妍姿艶質を夜空にはためかせていました。

南禅寺

南禅寺・ヤマザクラ
(左京区南禅寺福地町、2010.4.10撮影)
南禅寺

南禅寺・山門とヤマザクラ
(左京区南禅寺福地町、2010.4.10撮影)
インクライン

インクラインのソメイヨシノ
(左京区南禅寺福地町、2010.4.10撮影)
琵琶湖疏水

岡崎付近の琵琶湖疏水
(左京区岡崎、2010.4.10撮影)


白川沿い
(左京区岡崎円勝寺町付近、2010.4.10撮影)
円山公園

円山公園のシダレザクラ
(東山区祇園町、2010.4.10撮影)

 賀茂川端から東山の山麓を歩いて祇園に至る道筋は、まさに春爛漫の美しさに溢れていました。芽吹きの季節、京都を象徴するさまざまな風景を一時、のびやかに、あでやかに飾る桜の姿は、それぞれの景色を見事に春の情景へと昇華させて、春の訪れを存分に表現していました。決して華美ではなく、あくまでつつましやかに春の態様を豊かに色づけしていく京都の桜絵巻は、歩くたびに鮮烈に目に飛び込んできて、多くの人々の心をひきつけてやまないのでしょう。

 夜の帳が下りた祇園の町を覆う春の夜空は、穏やかさとともにどこか危うさをも内包していて、あたたかい卯月の宵、刹那大地を潤す春雷のような神秘的な色をしていました。春暖の候、暖かな空気を緩和する雨の
ように輝きと静かさとを映した繁華街の夜景は、一日の時間の経過の中でさまざまな容貌を呈した桜そのもののようにも感じられました。


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