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私にとっての「地域」

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#3 桜色の記憶 〜2017年、吉野山の風景〜

 本稿を執筆現在、日本のみならず世界全体において、新型コロナウイルスの脅威と猛威にさらされ、感染拡大予防のための自粛が強く推奨される事態となっています。そのため、私自体もフィールドワーク自体を大幅に縮小するとともに、未だ作品化しきれていない、過去の地域の記録を整理する作業に軸足を移している状況です。本来であれば、この季節最高の輝きを見せる各地の桜の風景に酔いしれるわけですが、それがかなわない今、過去の写真を紐解きながら、随想風に桜のことを書いてみたいと思いました。

下千本の桜

下千本の桜
(奈良県吉野町吉野山、2017.4.15撮影)

 生活の本拠とする関東地方を中心として、さまざまな桜を訪ねて参りましたが、その気品と歴史、そして地域との関わりにおいても圧倒的な存在感を見せていたのは、奈良・吉野山のそれをおいて、他に追随するものはないと考えています。日本の春を代表するソメイヨシノではなく、吉野の桜はヤマザクラが中心です。ヤマザクラはつつましやかな色彩を見せる花と、艶やかに赤みを帯びた葉とが同時に色づきまして、それらが枝ごとに、そして木々ごとにやわらかに重なって、繊細な濃淡を構成し、たおやかな吉野の山々に極上の屏風絵を完成させます。近鉄吉野駅を出て、ロープウェイへと向かう途上でも鮮やかな新緑とヤマザクラがえも言われぬパッチワークをつくっているのが目に入りまして、否応なしに春のあたたかな風景の中へと導かれます。吉野山はこの付近の下千本、金峯山寺・蔵王堂や吉水神社を経た先の斜面に展開する中千本、山道をさらに登って吉野水分神社近くの上千本、そして金峯神社や義経隠れ塔などがある奥千本と、山全体にわたってヤマザクラが生育しています。そのため、山全体で見頃を迎えるということは通常無く、4月中旬からゴールデンウィークまで、長い期間桜を観賞することができます。

金峯山寺・蔵王堂

金峯山寺本堂(蔵王堂)
(奈良県吉野町吉野山、2017.4.15撮影)

 2017年4月15日、下千本から上千本にかけて、吉野山を散策しました。ヤマザクラは随所でその落ち着いた風合いの花を咲かせていまして、やはり満開を迎えていたソメイヨシノやシダレザクラなどともに、春の歓びを表現していました。春空に映える桜、神社の建物に寄り添うような桜、山肌を穏やかに埋める桜、一陣の風に舞う桜の花びら、そしてそれらを包み込むように広がる、吉野山のたおやかな山容。そのすべてが春という、すべての生物が営みを活発にさせていく季節を歌い、誘い、そして軽やかにその上を行き過ぎていく。眠る山が徐々に微笑みを浮かべたとき、それは生きとし生けるものがこの年も確かに息づき、その生を継承するための助走を始めていきます。桜色に出会う度に、そうした感慨に胸が躍ります。


吉野山俯瞰

花矢倉展望台から望む風景
(奈良県吉野町吉野山、2017.4.15撮影)

 吉野山は信仰と修験の舞台として、長い時間を過ごしてきました。そしてその悠久の歴史において、数々の事績の現場ともなりました。時代時代における、動乱や人々の生々しい息づかいが、汗が、慟哭の憂いが、吉野山の桜をさらに味わい深いものへと昇華させています。現在は秀麗な桜の名所となって、多くの人々がさわやかな遊覧を楽しむ場となっていますが、畿内にあって都から一定の隔絶性のある吉野の山並みは、あまたの人々の喜怒哀楽を、一心に、そしてやさしいまなざしで見つめ、受け止めてきたと言えるのでしょうか。吉野山の桜は、御神木として参詣者などが桜を寄進し植樹する風習が生まれ、今日の「一目千本桜」の風景が生み出されました。

中千本の桜

温泉谷・中千本の桜
(奈良県吉野町吉野山、2017.4.15撮影)

 吉野山での彷徨は、下千本から上千本を経て、如意輪寺付近へとつながる中千本のヤマザクラを探勝しながらあっという間に時間が過ぎていきました。徘徊の世界では、単に「花」と言えば、それは桜を指します。季節の移ろいに特別な感情を託す精神において、桜がそのような位置づけに置かれる原点がどのようなものであるか、吉野山のヤマザクラはそっと語りかけてくれているかのようでした。

(2020.4.22執筆)

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