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仙境尾瀬・かがやきの時
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#8 初秋、きらめきの草紅葉の中を歩く 2009年9月26日、この年2回目の尾瀬訪問となりました。山々で徐々に紅葉が始まる季節、湿原ではそれに先だって枯れた草本が黄金色に輝く草紅葉が見ごろを迎えます。それに加え、色づく木の実やエゾリンドウをはじめとした秋の花々も草原のあわいで光る宝石のように寄り添います。この日のコースは、鳩待峠から山ノ鼻、竜宮、見晴から沼尻までは従来どおり、沼尻からは尾瀬沼の南岸のルートを採り三平下を経て大清水へ向かいました。午前7時30分、木々のみずみずしい下りの山道を出発します。 森と湿原、草紅葉と花々・木の実の輝きに触れる 鳩待峠から山ノ鼻へ向かう山道は、湿原を取り囲む豊かな森をありのままに味わえる最高の造形であるように思います。標高の高い寒冷な場所にある湿原、いわゆる高層湿原であり尾瀬ケ原は、枯れた植物遺骸の腐食が進まず栄養分が乏しいこともあり、木々は生育することができません。山間部から発出した、栄養分を含む土砂が堆積する河川周辺にのみ木々が芽吹き、それが拠水林と呼ばれることは何度もご紹介してきているとおりです。 湿原という、不毛の平坦地、換言すれば木々のない、山の中では異質の大地へ向かう途上において、みずみずしい木々の態様を生で実感できる山道は、湿原が獲得し得ない貴重な生命の原点を見つめなおす道程であるとも言えるのかもしれません。尾瀬ケ原の只中を続く木道から遠望する山々の緑の美しさの源は、湿原が限りない生命力の宝庫である森に抱かれようとする羨望と同質のものであるのかもしれません。山道は水と緑に満ちた森や川を超えて湿原の入口の山ノ鼻へ、軽やかに続いていきます。
初秋から仲秋へ向かうこの季節、湿原や湿原を囲む山々はまさに珠玉のきらめきによって彩られています。山々では、オオカメノキやナナカマド、マユミ、ツリバナといった個性に溢れた木々の実を楽しむことができます。私が歩いたこの日は木々の紅葉はまだ部分的に始まったばかりで、緑から橙、黄色に色づき始めた枝先にきらりとまたたくような木の実は比較的目につきやすい環境下でした(この状況は後ほど詳述します)。木の実の成熟がやがて森全体の紅葉へとつながり、全山が燃えるような赤や黄色に満たされる季節を予感させました。 この日は晴天の予報もなかなか朝から雲がとれず、山ノ鼻到着後すぐに尾瀬ヶ原に出ることはせず、近傍の研究見本園と呼ばれるエリアを散策しました。ここでは季節ごとに湿原に咲く花々を間近に見ることができるほか、池塘や浮嶋などの湿原の環境にも手近に触れることができます。研究見本園という響きから人為的な改変が加えられたものと思われがちですが実はそうではなく、尾瀬ケ原の多様な環境が凝縮された場所であることからそう呼ばれるようになったとのことで、湿原の他のエリアとなんら変わらない自然の一部であるのだそうです。
やがて、少しずつ陽が射し始めた尾瀬ケ原を、山ノ鼻から見晴へと歩きました。一面に褐色に変わった湿原の草紅葉は日光の強弱によって多様にその色調を変えて、さまざまな表情を見せています。その中にあってエゾリンドウの瑠璃色の花が秋の涼やかさを凝縮させたような光を見せて、ミヤマアキノキリンソウなどの花々がつつましやかな佇まいを見せていたのが印象的でした。竜宮の手前の下ノ大堀川でいつものように雄大な至仏山の姿を目に焼き付けました。この頃までには秋空がしっかりとした青を湿原に照らすようになり、燧ケ岳も全容を見せるようになっていました。竜宮小屋裏の沼尻川の拠水林はまだまだ緑色が優勢でしたね。個人的に尾瀬の中では一番美しいと思う下田代(沼尻川と見晴との間の湿原)の草紅葉は、リンドウや秋空の青、ナナカマドの赤、周囲の山々の深みを増した緑などに彩られながら、至高の輝きを見せていました。 見晴〜尾瀬沼南岸〜大清水
9月下旬ともなりますと、1000メートル以上の高地にある尾瀬ではコンディションによっては冬の気温となります。しかしながら、2009年の日本は比較的高温で推移していたようで、尾瀬に比較的近いアメダス観測点であるみなかみ町藤原では最低気温11.6度に対し、最高気温は23.1度を記録しています。さらに前日の25日の最高気温は26.7度と夏日となっています。そうした気象条件があってか、山々はやっと木々が色づき始めたところで、まだまだ緑の部分のほうが多い様相を呈していました。見晴に到着し小休止の後、尾瀬沼方面へ出発する頃には朝方の曇り空が嘘のように、快晴の輝かしい青空が広葉樹と針葉樹が交わる木々の間いっぱいにはみ出すように目に飛び込んできていました。 見晴から白砂峠へ向かう山道(段小屋坂)は強い日差しもあって、やや汗ばむくらいの行程であったかもしれません。パソコンに残された写真たちはどれもみなヴィヴィッドな色彩に満ちていて、標高の高い山中の9月下旬のそれとは思えない風景が連続しています。とはいえ、一部の枝はオレンジ色に変化しているものも認められ、木の実も穏やかに成熟の色を見せ始めていて、ゆっくりとではあるものの秋への時間軸の進捗が進んでいることもまた見て取れました。白砂峠から急激に下る坂道の向こうに広がる白砂田代は、そうした季節のローテーションをリードするかのように、ゆたかな草紅葉の光彩をぬけるような秋空に返していました。
燧ケ岳もくっきりと望める沼尻平も草紅葉が盛りを迎えていました。尾瀬沼もなめらかな水面を広げていまして、湿原の池塘の向こうに遠く眺める湖面は格別の美しさがありました。沼尻休憩所で休息後、これまでは通過したことがない、尾瀬沼南岸のルートを進むことにしてみました。尾瀬沼の入江の奥に形成された小さい湿原と森とを交互に現れるなだらかな道筋となる北岸とは対照的に、南岸は沼に山が直接落ちるような複雑な湖岸を縫うように進みます。沼尻川を渡り最初に到達する小沼湿原を過ぎると、森の下に続くアップダウンのある山道に似たルートを進むこととなりました。尾瀬沼の湖岸は時に木々の間から、時に足元すれすれに近接しながら、山道に寄り添いました。湖岸に降りられる個所もあって、そこからは沼の向こうにたおやかに続く山々や雄々しく建つ燧ケ岳の山容を望むことができまして、北岸にはない魅力もまた認められました。およそ45分の踏破の後、山小屋のある三平下へとたどり着きました。 三平下から大清水までの道筋は、これまで何度もご紹介しているとおり、長い連続した下りの山道と、一ノ瀬休憩所からは砂利道の平坦なルートをとにかく進む道のりです。まだ緑が大部分を占める初秋というか晩夏の雰囲気さえ感じさせる山並みの中を、一歩一歩歩いて行きました。終盤のひたすら続く砂利道を歩く部分は体力をかなり消耗します。道端のススキやヨメナの可憐な花がせめてもの慰めとなりました。大清水着は午後3時。戸倉方面へ向かう最終のバス(午後3時50分)には間に合いました。
草紅葉が湿原を一面に多い、紅葉が山々を覆って、落葉が進むと間もなく初雪が降りて、尾瀬は白銀の世界に閉ざされる凍てつく季節へと向かいます。雪融けが本格的に始まるのは5月中旬頃で、それまでは何人たりとも寄せ付けぬ厳冬の荒野となります。すべてが息をひそめる時間を前に鮮烈なひかりをときめかせる花々や木の実は、未来へといのちをつなぐ貴い生命の象徴であるように思えました。 |
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