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2011年春、山河に陽光を求めて

 2011年春、3月に発生した東日本大震災は各地に甚大な被害をもたらしました。そうした中にあっても、各地域は春を迎え、のびやかな風景を確認することができました。各地の春の姿を通して、かけがえのない大地のあたたかさを描きます。
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ページ設置:2015年10月26日

早春の寂光 〜にじみ出る春〜
 
 以前、「春はにじみ出るようにしてやってくる」と書いた記憶があります。厳寒の季節、野山はまだまだ寒々しい冬枯れの風景が大勢を占める中、ぽつりぽつりと花芽が開き、新芽が芽吹いて、徐々に張りつめた空気をあたたかく緩和させていきます。地元は穏やかな新春を迎えて、冬色に染まる田園や町並みは、少しずつ春に向かって色合いを増やしていました。板倉町の雷電神社境内でも、鮮やかなロウバイが花を開いていました。同神社は598(推古天皇6)年創建と伝わる古社。関東一円に分布する雷電神社の総本宮として崇敬を集めています。

大光院

新春の大光院・開山堂
(太田市金山町、2011.1.9撮影)
カンツバキ

カンツバキ
(太田市内、2011.1.9撮影)
ロウバイ

ロウバイ(受楽寺境内)
(太田市金山町、2011.1.9撮影)
八瀬川

八瀬川
(太田市金山町、2011.1.9撮影)
雷電神社・ロウバイ

雷電神社・ロウバイ
(群馬県板倉町板倉、2011.1.15撮影)
雷電神社

雷電神社
(群馬県板倉町板倉、2011.1.15撮影)

 2月は、都内でフィールドワークを続けながら、日ごとに鮮烈さを加える地域の姿を見つめました。世田谷区から目黒区にかけての郊外住宅地域は、それぞれの稿でご紹介してきたとおり、昭和初期以降交通機関の成長を端緒とした都市化が始まる前までは純然たる農村的な土地利用が卓越した地域でした。武蔵野台地のゆるやかな稜線はみずみずしい雑木林に覆われて、小川がのびやかに台地を刻んで谷底平野を形成する情景は、現在でも地形や緑道、寺社等の佇まいにそのにおいを感じることができました。公園や境内地での梅やスイセン、街角でのシクラメンやパンジー、ビオラなどの花壇、家々の庭先で見つけたミモザなどは、鈍色の空の下での彷徨であっても、体温のような春のあたたかさを感じることができました。

 まだ春浅い山里でも、大地からにじみ出た春はゆっくりと穏やかな色を結んで、野を埋め尽くそうとしていました。群馬県西部、安中市松井田地区の山あいにある木馬瀬(ちませ)のフクジュソウ自生地では、たおやかな山間の丘陵いっぱいに珠玉の黄色があちたこちらにかわいらしい花を開いていました。三寒四温の暖かい日、凍えるような寒い日が繰り返されながら、春は着実にその歩を進めて、山を、町をその芳しい装いへと変えていっていました。2011年の春は、いつもと変わらぬ季節の移ろいの中で輝きを始めていくように思われました。

西新井大師

總持寺(西新井大師)・紅梅
(足立区西新井一丁目、2011.2.5撮影)
羽根木公園

羽根木公園・紅梅
(世田谷区代田四丁目、2011.2.5撮影)
円融寺

円融寺・仁王門
(目黒区碑文谷一丁目、2011.2.19撮影)
湯島天神

湯島天神
(文京区湯島三丁目、2011.2.20撮影)
木馬瀬のフクジュソウ群生地

木馬瀬のフクジュソウ群生地
(安中市松井田町上増田、2011.2.27撮影)
木馬瀬のフクジュソウ群生地

木馬瀬のフクジュソウ群生地周辺の風景
(安中市松井田町上増田、2011.2.27撮影)



桜の季節 〜刹那輝きを見せる春〜

 3月11日。未曽有の災害は徐々にその惨状をあらわにして、その後における価値観を大きく変えました。変化に富んだ地形とそれに起因する多様な気候は、取りも直さず、4つのプレートがぶつかり合う場所に形成されているという、地質学上地震や地殻変動が活発な地域であるということに拠るものであることであるともいえます。そうした半ば宿命的とも言える風土は、こうした悲しい出来事の後であっても気丈に季節の歯車を回して、春本番の風景へと地域をいざないました。

スミレの花

スミレの花
(栃木市岩舟町下津原※、2011.4.9撮影)


コブシの花
(栃木市岩舟町下津原※、2011.4.9撮影)
カタクリ群落

みかも山公園・カタクリ群落
(栃木市岩舟町下津原※、2011.4.9撮影)
若葉

芽吹き始めた若葉
(栃木市岩舟町下津原※、2011.4.9撮影)
八瀬川の桜

八瀬川の桜
(太田市金山町、2011.4.14撮影)
山の若葉と桜

山の若葉と桜
(太田市金山町、2011.4.14撮影)

※写真撮影時は栃木県岩舟町でした(栃木市への合併は2014年4月5日)。

 栃木市と佐野市にまたがる三毳山(みかもやま)は、関東平野北部に位置するやわらかな稜線を持つ美しい山です。公園として整備され四季折々の花々を楽しむことができるほか、カタクリの自生地として知られています。4月9日、山の木々はいまだ芽吹き初めで黒々とした枝の実が目立っていました。足元にはスミレの花があちこちに可憐な花を開き、純白のこぶしの花弁がしなやかに山林を飾っていました。山中に分け入りますと、山肌一面に薄紫のカタクリの花が咲き乱れていました。地面の片隅や枝の一隅に少しずつ顔を出した春は寒暖を繰り返すうちにその鮮やかさを増して、仲春を迎えいっせいに輝きを放たんとしているようでした。冬の装いから染み出した温もりは鮮烈な陽光を得て、猛々しい命漲る季節へとバトンを繋いでいきます。

 日本の春はソメイヨシノの満開でひとつの絶頂を築きます。ヤマザクラやヒカンザクラなどの桜がしっとりとした情趣を醸すのに比べて、ソメイヨシノは艶やかに咲き、華やかに舞い、そして美しく散ります。青葉が木々をみずみずしく覆いだした4月中旬、地元太田市の桜の名所・八瀬川桜通りはえも言われないソメイヨシノの桜絵巻が完成していました。さみどり色に染まり始めた木々のあわいにふわっと豊かな桜色のちぎり絵をはめ込んだような風景も春の長閑な印象を与えています。

姨捨SA

長野道姨捨サービスエリアから俯瞰する善光寺平
(千曲市八幡、2011.4.16撮影)


淡墨桜
(本巣市根尾板所、2011.4.16撮影)
薄墨桜

淡墨桜
(本巣市根尾板所、2011.4.16撮影)
根尾谷断層

根尾谷断層を望む
(本巣市根尾水鳥、2011.4.16撮影)
根尾谷の田園風景

根尾谷の風景
(本巣市根尾水鳥、2011.4.16撮影)
北部運動公園

北部運動公園・芝桜
(太田市上強戸町、2011.4.17撮影)

 一方で、山深い場所にあって孤高の美しさを見せる桜の古木にも目を奪われました。岐阜県本巣市・根尾谷に根を下ろす淡墨桜は日本三大巨桜の一つとして著名です。樹齢1500年以上とも言われるエドヒガンの老木は、透明感のあるやさしい色合いの花弁をしっとりとその身にまとわせて、どこまでも澄みきった桜色をまだ冷たさの残る山奥の里を渡る風に溶け込ませているようでした。淡墨桜から南へ約2キロメートルの場所には、根尾谷断層があります。1891(明治24)年10月28日に発生した濃尾地震の震源断層として、今日でも段丘崖を明瞭に確認することができます。高台から眺める断層崖は今日でもその爪痕を色濃く残しています。しっとりとした淡墨桜と、過去の地震の生き証人である断層が間近に存立する姿は、幾世相の時を越えて育まれたこの大地の美しさと、命の尊さとを象徴しているようにも感じられました。春はさらに陽光からの力を携えて、山河を染めていきます。

後半へ続きます



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