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関東の諸都市・地域を歩く


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#104 利根運河周辺の谷戸を歩く 〜TX沿線の新興市街地との対比〜

 2016年7月16日、薄曇りのつくばエクスプレス・柏たなか駅を降り立ちました。同駅はすぐ北側で鉄路が広大な利根川沿いの低地を越えることから、高架駅となっています。元来は既存の鉄道路線から離れた農村的な景観が卓越していた地域ですが、都心と直結する鉄道路線の開通に伴い、駅周辺において宅地開発を中心とした市街地整備が急速に進んでいる印象です。建設中のマンションなどが点在し、広大な空き地もまだ目立つ駅の西側を北西方向へ進みます。西側を貫通する常磐自動車道までの間は、戸建て住宅と中心とした新興住宅地として開発が進んでいる様子を概観しました。

柏たなか駅前

柏たなか駅前の景観
(柏市小青田一丁目、2016.7.16撮影)
柏たなか駅前

柏たなか駅前、市街地開発が進む
(柏市小青田一丁目、2016.7.16撮影)
柏たなか駅付近

柏たなか駅前の宅地開発風景
(柏市小青田三丁目付近、2016.7.16撮影)
柏たなか駅付近

柏たなか駅付近、雑木林も残る
(柏市船戸二丁目付近、2016.7.16撮影)

 高速道路の上を越える歩道橋を渡り、農地や雑木林が広がる中に住宅が点在する、船戸地区を歩きます。ビニルハウスやブルーベリーなどが植えられた畑地が広がる風景は、大都市近郊における農業地域の態様を伝えています。夏の花々も随所で鮮やかな色彩を見せていまして、薄曇りの中にわずかに顔を出した青空に映えていました。平坦な台地を小規模な谷地がわずかに削るこの地域らしい地勢が卓越する中、地域を横断するように開削された利根運河の土手へと行き着きました。利根運河は、利根川から江戸川を経て東京とを結ぶ舟運ルートの一部をショートカットする目的で計画され、1890(明治23)年に完成した人工河川です。現在は運河としてはほぼ機能しておらず、美しい景観と自然環境に恵まれた地域資源として流域の住民に親しまれる存在となっています。豊かな緑に覆われるようにして流れる運河を渡り、土手に沿って少し進んだ後、運河の北側に広がる大きい谷戸沿いに歩を進めます。運河より北は、一部の例外を除き、概ね野田市の範域となります。

 幅がおよそ500メートルほどはある広大な谷戸の中央には、江川排水路があって排水機場を経て利根運河に接続しています。少なくない範囲で耕作されず、湿地性の草本が繁茂する場所も多いものの、排水路沿いの低地は水田として稲が育っていまして、美しい緑色に覆われていました。明治期の地勢図を確認しますと、この谷戸は元来は「三ヶ尾沼」と呼ばれる沼地であったようです。利根川に向かって比較的長い谷戸を形成していたことが、ここが運河を掘削するのに適していると判断された大きな要素であったのでしょうか。谷戸と大地の間の間には豊かな斜面林が形成されていまして、台地上の畑地と低地における水田との間を分かつ瑞々しい緑として、しなやかな緑地帯と構成していました。関東平野では、南部を中心に、茫漠とした台地上における畑地と、斜面林を下りた先の谷地に展開する水田という風景をしばしば目にしますが、首都圏を中心とした都市化が進展する趨勢にあっても、そうした地域の記憶を感じさせる、穏やか哉光景に出会いますと、純粋に新鮮な気持ちにさせられます。

船戸地区の景観

船戸地区の景観
(柏市船戸、2016.7.16撮影)
船戸地区の景観

船戸地区の集落景観
(柏市船戸、2016.7.16撮影)
利根運河

利根運河沿いの風景
(柏市船戸山高野、2016.7.16撮影)
台地上の風景

台地上の風景(背後は斜面林)
(野田市瀬戸付近、2016.7.16撮影)

 谷津の低地と台地上を行き来しながら、野田市が生物多様性の保全・回復の取り組みが後世に引き継がれるように、そのシンボルとしてコウノトリの飼育・放鳥を行う「コウノトリの里」へと到達しました。水田に囲まれた施設には数羽のコウノトリが外部と自由に行き来できるように保護されていまして、コウノトリが元気にはばたく姿を観察することができました。周囲は谷戸を中心に斜面林と水田とが織りなすたおやかな風景が広がっていまして、我が国における繁殖が希求されるコウノトリが力強く飛翔する様子は、この地域が現在においても良好な自然環境が保存されていることを彷彿とさせるもので、とても頼もしくその姿を眺めていました。かつての沼沢地は、利根運河の建設に伴って生じた土砂を埋め立てたことにより、豊かな田園へと生まれ変わりました。その後の急激な物流の鉄道へのシフトにより、舟運の受け皿としての運河の繁忙は長いものではありませんでした。しかしながら、利根運河の完成によって育まれた新しい谷地の水田は、今日失われつつある生物再生の舞台として息づいています。

 コウノトリの里での小休止の後は、江川排水路沿いを再び利根運河方向に戻りました。台地上、斜面林の直上辺りに祀られた浅間神社や琴平神社の佇まいを確認しながら、排水路沿いのおおらかな田園風景を訪ねました。前述のとおり、首都圏における郊外化が進行する現況下において、台地と低地が展開する原風景に近い景観が保存される様を目にすることができることは、とても貴重であることのように思います。利根運河の堤防へと上り、幾重にも重なる豊穣の緑に包まれる景色を清々しく仰ぎ見ました。

田園風景

コウノトリの里付近の田園風景
(野田市瀬戸付近、2016.7.16撮影)
江川排水路

江川排水路
(野田市下三ヶ尾、2016.7.16撮影)
江川排水路排水路沿いの水田

江川排水路沿いの水田
(野田市下三ヶ尾、2016.7.16撮影)
谷戸風景

利根運河の土手上より谷戸の風景を望む
(柏市船戸山高野、2016.7.16撮影)
利根運河

利根運河の景観
(野田市下三ヶ尾付近、2016.7.16撮影)
運河駅周辺の利根運河

運河駅周辺の利根運河
(流山市東深井、2016.7.16撮影)

 利根運河沿いの谷戸の風景を堪能した後は、利根運河の堤防上を西へ、ひたすらに探索しました。薄曇りで推移していたこの日は、時折薄日も射す天候となり、気温も上昇し、フィールドワークも徐々の暑さとの戦いとなりました。利根運河は既存の谷戸をつなぐように建設された経緯があり、堤防の外側には大小の谷戸が穿たれた風景を確認することができまして、運河沿いの緑に満ちた風景も相まって、人と自然が形づくった現代の自然景観を存分に親しむことができました。正午前には、春にはうららかなソメイヨシノに彩られる運河駅周辺へとたどり着くことができました。つくばエクスプレス沿線の新興市街地からスタートし、運河駅周辺へと至った今回の訪問は、首都圏と直結する交通路線の誕生による開発と、古来より受け継がれた田園風景とのコントラストが印象に残るものでした。

※このフィールドワークは、同日開催の東武健康ハイキング「利根運河コウノトリの里めぐりハイキング」に参加したものです。

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