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東京優景 〜TOKYO “YUKEI”〜

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#52 花開く東京を歩く 〜新宿御苑から向島百花園へ〜 (新宿区・千代田区・墨田区)

 2013年3月16日、春の日差しがうららかな新宿駅からこの日の活動を始めました。時刻は午前11時30分を回ったあたりで、雲一つない春空の下、新宿駅前は繁華な土曜日の昼下がりを迎えていました。東南口から甲州街道(国道20号)に沿って進み、新宿御苑へ。新宿門周辺の木々はまだ芽吹きを迎えていませんでしたが、園内に入ってすぐの場所では、ハクモクレンがみずみずしい純白の花弁を枝いっぱいにつけていまして、かすむような春色の青に映えていました。日本庭園にもハクモクレンの古木があり、これは江戸時代に植えられたという、都内でも珍しい大木であるとのことです。

新宿御苑・ハクモクレン

新宿御苑内・ハクモクレン
(新宿区内藤町、2013.3.16撮影)
新宿御苑・ユキヤナギ

新宿御苑・ユキヤナギ
(新宿区内藤町、2013.3.16撮影)
新宿御苑・ハクモクレンの古木

新宿御苑・日本庭園のハクモクレンの古木
(渋谷区千駄ヶ谷六丁目付近、2013.3.16撮影)
新宿駅付近のビル群を望む

新宿御苑・日本庭園、桜越しに新宿駅付近のビル群を望む
(渋谷区千駄ヶ谷六丁目付近、2013.3.16撮影)
四谷大木戸跡碑と水道碑記

四谷大木戸跡碑(左)と水道碑記(右)
(新宿区内藤町、2013.3.16撮影)
外濠の景観(市ヶ谷濠)

外濠(市ヶ谷濠)の景観
(新宿区市谷本村町、2013.3.16撮影)

 ハクモクレンのほか、ユキヤナギやレンギョウ、ジンチョウゲやトサミズキ、ジャノメエリカなどの花々が一斉に花開いていまして、穏やかな春の一日を演出していました。そんな数多くの花で彩られる新宿御苑を代表する春の花は、なんといっても種類豊富な桜です。園内には約65種1100本の桜が植栽されているということで、早咲きから晩春に見頃を迎える種類まであることから、2月からゴールデンウィーク初めころまで、個性あふれるたくさんの桜を楽しむことができます。この日は、ソメイヨシノが一部花を開き始めていたほか、葉がついて花がわずかに残っていた河津桜や、八重咲きの花びらがしなやかな十月桜、桜色が濃いカンザクラやカンヒザクラなどの早春が盛りの桜が各所で輝きを見せていました。シダレザクラも見事な花を春風にひらめかせていまして、春到来の歓びを奏でているかのような気品を感じさせました。

 歴史を遡りますと、新宿御苑は藩政期に信州高遠藩主内藤家の下屋敷があった場所にあたります。玉藻池はこの時の大名庭園があった場所で、往時を偲ぶことができる場所です。新宿御苑からは、新宿駅周辺の高層ビル群も間近に眺められます。江戸からの時代の変遷を伝える場所にあって、現代の東京の街並みがさながら「借景」のように見通せることは、江戸から東京へ、世界都市へと飛躍したこの場所のタイムランをそのまま投影しているかのような機微を感じさせる事象であるといえるのかもしれません。新宿御苑の北側にはかつて玉川上水が通水されていまして、その歴史的な価値を継承するために、上水を模した水路とそれに沿った散策路一体的に整備した「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」が整えられています。付近には玉川上水を江戸市中に配水するための水番所や、甲州街道からやはり江戸市中に入る人々や荷物などを取り締まるために設置されていた四谷大木戸などがかつて設置されていたことを記念する石碑もあります。新宿御苑北側の新宿通り沿線が、甲州街道筋の宿場である内藤新宿があった場所で、新宿駅の成長により西へと発展した新宿の原点ともいえる場所です。

ソメイヨシノ標本木

靖国神社・ソメイヨシノ標本木
(千代田区九段北三丁目、2013.3.16撮影)
牛ヶ淵

牛ヶ淵の景観
(千代田区北の丸公園、2013.3.16撮影)
吾妻橋から見た隅田川

吾妻橋から見た隅田川
(吾妻橋より、2013.3.16撮影)
墨堤常夜燈と隅田川

墨堤常夜燈と隅田川
(墨田区向島五丁目、2013.3.16撮影)
向島百花園・サンシュユ

向島百花園・サンシュユ
(墨田区東向島三丁目、2013.3.16撮影)
向島百花園・東京スカイツリーを望む

向島百花園・東京スカイツリーを望む
(墨田区東向島三丁目、2013.3.16撮影)

 新宿御苑を大木戸門から出て、外苑西通りから靖国通りに出て、曙橋、市ヶ谷を経て、靖国神社へと向かいました。東京におけるソメイヨシノの開花は同神社境内にある個体を標本木と定めていることから、その開花の様子を確かめるためです。通り沿いにある並木や、新宿御苑内のものも一部が開花していましたが、標本木も木全体に数輪の花が開いている状態で、まさにこの日、東京での開花宣言となりました。満開はこの数日後に夏日を観測するなど暖かい日が続いた影響もあって、6日後の22日に観測されています。靖国神社に程近い桜の名所・千鳥ヶ淵にも行ってみましたが、ソメイヨシノのほとんどにはまったく花がない状況でした(23日に再訪した時には見事な満開となっていました)。

 東京のソメイヨシノの開花を確認した後は、そのまま靖国通りを散策しながら、神保町、小川町を経て神田駅へ向かい、昼食の小休止を経て、浅草駅へ向かいました(東京メトロ銀座線を利用)。隅田川も春の日差しを柔らかに受けて、さわやかな空気の下快い散歩を楽しむことができました。隅田公園のソメイヨシノも、つぼみを桜色に染めていて、開花を待つ段階となっていました。1931(昭和6)年、「日本初のリバーサイドパーク」として開園した隅田公園は、1923(大正12)年の関東大震災からの復興を目指す都市改造において、言問橋の架橋や東武鉄道の現・浅草駅までの乗り入れと合わせた一大事業として整備されました。ウォーターフロントを市民に開放する、当時としては画期的な施設であったとのことです。ソメイヨシノに先立って花壇を鮮やかな黄色に染める菜の花のきらめきに惹かれながら公園を歩き、X字型の歩行者専用橋である桜橋を経て、向島百花園へ。1805(文化2)年頃、佐原鞠塢(さはらきくう)という粋人が元旗本の多賀氏の屋敷跡約3,000坪を購入し梅を多く植え、「新梅屋敷」として創設したことが始まりといわれる庭園で、現在は都立公園として開放されています。スカイツリーが間近に見える園内には、サンシュユや梅、ボケなどが、夕方のやわらかな光の中で可憐に花を咲かせていました。

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