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関東の諸都市・地域を歩く
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#86 鶴瀬駅から三富新田へ 〜新緑の彼方に富士を望む風景〜 首都圏のターミナルを起点とし郊外へ放射状に延びる鉄道にあって、東武東上線は沿線における住宅開発が活発であることも手伝って利用客の多い路線の一つとなっています。池袋周辺の高度に都市化されたエリアから北へ、JR武蔵野線と接続する北朝霞駅を過ぎたあたりからは徐々に住宅地の間に畑地も散見されるようになり、郊外然とした景観へと移り変わります。2014年5月11日、初夏のさわやかな青空が広がったこの日、富士見市の鶴瀬駅から南西へ、藩政期における新田開発によって特徴的な土地割りがなされた場所として知られる三富新田を訪ねました。
鶴瀬駅は富士見市の玄関口として位置づけられます。駅の周辺ではマンションの建設が進む様子も見て取れまして、首都圏郊外における新興住宅地域としての地域性を感じさせます。駅周辺では土地区画整理事業が進行しており、駅前からまっすぐ進む都市計画道路も富士見市域を越えて隣の三芳町域へと整備されようとしていました。区画整理事業地内では、まだ畑作地が卓越していた時代から受け継がれた古い街路と、計画的に整備された直線状の道路とが交錯するような形となっているのが印象的でした。富士見市と三芳町の境界はあまり明瞭ではなく、市街地として連続した景観を呈しています。道路の向こうには、富士見市の市名の由来となった富士山が真っ白な山体を見せていました。 川越街道(国道254号)に到達し、少し南の藤久保交差点から西へ向かいますと、徐々に田畑が土地利用の中心となる地域へと移り変わります。なお、藤久保交差点は古くからある交通路の交差点であったようで、明治期の地勢図を参照しますと川越街道に沿って街村が発達している様子が見て取れます(反対に、現在の市街地の中心である東武東上線沿線は集落の発達はあまりありません。鉄路の敷設にあたりそうした開発のしやすいルートを選んだということがあるのでしょうか)。この一帯は、川越街道をはじめ、西の三芳小学校東を通過する道路や三富新田・上富地区を貫通する道路も概ね北西から南西方向に向かっています。これらの街路に直行するように、細長い短冊状の土地割りがなされています。三芳町役場周辺の住宅が集まる地域を経て、関越自動車道を過ぎますと、いよいよ三富新田の区域へと入っていきます。茶畑も初夏の日差しを受けて鮮やかに若葉色にきらめいていました。
ケヤキ並木通りを包み込むような樹冠は、この上ない輝きをその緑色に宿らせて、目くるめく緑のトンネルを形づくっていました。新田開発の基線として開拓農民の住居が集約された道路沿いには、井戸や常夜燈、開発名主の旧島田家の長屋門などが点在していまして、農地の拡大に携わった人々が生きた時代の痕跡を随所に確認することができます。道路に面した地点から一歩畔を西へ入りますと、前述した細長く区画された畑地が一面に展開しています。畔には飛散しやすい土壌対策となり、また商品作物としても活用できる茶が植えられていまして(畔畔茶(けいはんちゃ)と呼びます)、まだ植えられたばかりの作物とのコントラストを見せていました。彼方には白妙の富士が仰ぎ見られて、振り返りますと街路沿いのケヤキ並木や住宅沿いの雑木林が緑の帯をつくっています。 美しい田園風景と並木の緑を辿りながら、開拓農民の菩提寺である多福寺へ。多福寺の境内は自然環境保護地域として指定を受ける、いわゆる「武蔵野の雑木林」の景観を色濃く残す林が広がっています。新緑の季節、木漏れ日が穏やかに地面に光と影をたなびかせている風景はみずみずしい青空と木々とが織りなす快い造形として鮮烈に目に映ります。雑木林にはナラやエゴ、赤松などが選ばれて植林されて防風林として生かされるとともに、材木は薪として利用、落ち葉も堆肥として農業に活用されました。新田開発とともに地域と共に歩んだ雑木林とこの地域独特の土地割の姿が現在までくっきりと残される地域の姿は、数百年の時代を経て歴史を映す貴重な資産となって台地を彩り、四季それぞれに清廉な風情を与えています。そんな植生に抱かれるような多福寺はひっそりと佇んでいまして、ゆっくりと時を刻んでいました。境内の一角に鎮座する木ノ宮地蔵堂は一説には坂上田村麻呂が北国遠征の際武蔵野で道に迷った際地蔵菩薩に助けられたことからこれに感謝するために地蔵堂を建立したとも言われる由緒を持ちます。
多福寺前交差点近くの地蔵前バス停から所沢駅東口行きのバスに乗車し、三富新田訪問を終えました。バスの車窓から眺める地域の姿は、初夏の青空の下にあって、どこまでも屈託のない広がりの中にありました。 |
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