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仙境尾瀬・かがやきの時
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#10 尾瀬ヶ原、草木新秋の装い 2011年9月10日、さわやかな9月の尾瀬を歩きました。紅葉や草紅葉が徐々に始まる9月は、彩る花々も多彩で、快い風景に出会える季節です。山ノ鼻、見晴、尾瀬沼、大清水と歩く定番のルートを進みました。 森と湿原、池塘が織りなす初秋の清爽 午前7時に鳩待峠に到着、山ノ鼻へ下る山道へと入りました。天気は快晴。山ノ鼻までは早めに歩いておよそ30分の道のりです。標高の高いあたりでは針葉樹が交じるみずみずしい森は、湿原だけでない、尾瀬の魅力の一つです。時折望む至仏山のやさしい山容や、快い水音を立てるせせらぎなど、あふれるばかりの輝かしい緑と水に癒されます。木が近いこともあり、春に小ぢんまりとした花をつけていたオオカメノキなどは実を熟させ始めていて、実りの秋の到来を実感させてくれます。途中、ミズバショウが群生している湿地帯があり、この時間帯から歩き始めているとちょうど朝日が差し込んできます。胸をすかすような輝かしさに出会うことができるのも、毎回の楽しみとなっています。
尾瀬ヶ原の西端に位置する山ノ鼻からはいよいよ湿原へと進みます。湿原やそれを取り囲む山々はまだ緑色によって多くを占められていましたが、徐々に黄色や茶色に染まり始めていて、季節が着実に進行していることを実感します。湿原はどこまでもさわやかに風になびき、周囲の山々はこの上ない輝きと朝もやの中に纏って、この高原の地に至高の楽園を完成させています。エゾリンドウが瑠璃色の花弁をあちこちにきらめかせて、さわやかな秋空の青を写し取ったかのような涼やかさを演出しています。鏡のような水をたたえる池塘も屈託のない透明なプリズムを湿原のしなやかさに反射して、至仏山と対峙する燧ケ岳の山体をそのまま映していました。 湿原に突き出した尾根「牛首」付近のその池塘群を過ぎ、東電小屋方面への木道が分岐する「牛首分岐」を通り、広大な湿原の只中を、ただその美しい風景に身を浸しながら歩いていく気分は本当に爽快です。遮るもののないまさに大空の下、だんだんと夏色から秋景色へと染まりつつある森や湿原のグラデーションを味わって、そこかしこに咲く花の色彩を感じて、一歩一歩歩を進めていきます。湿原を横切るせせらぎと拠水林の緑も尾瀬の風景に変化を与えてくれる貴重な存在です。本堂からそれて、至仏山を望む定番のビューポイント、下ノ大堀川のほとりで休憩し、しばし美しい湿原と至仏山の景色を眺めるのもいつものルーチンとなっています。この季節の尾瀬はそのシンボルであるミズバショウも無く、山に雪もありません。しかし、水はどこまでも清冽で、空はどこまでも高く、大地はどこまでもたおやかです。その崇高で優しい空気に本当に癒されます。
竜宮から見晴、尾瀬沼へ
下ノ大堀川での小休止の後は、竜宮付近の沼尻川の拠水林を抜けて、見晴まで一気に進みます。エゾリンドウはあちこちで可憐な花を咲かせて目を和ませてくれます。ナナカマドが真っ赤に染まっている場面にも出会うことができました。沼尻川の拠水林はまだ青々とした葉を茂らせて夏の残照を感じさせていましたが、この森が紅葉に照らされるようになるのも間近であるのでしょうか。見晴までの下田代の湿原は相変わらずの壮麗さをみせていまして、吹き渡る風とやわらかい陽光に揺れながら、輝きながら、得も言われぬ最上のヴェールを大地に根付かせているようでした。尾瀬を訪れる人の多くは山ノ鼻周辺でハイキングを楽しむため、尾瀬ヶ原の東端にある下田代まで足を延ばす人は存外多くないように感じます。尾瀬の湿原の美しさは、この下田代が一番のハイライトだと思っています。葉の一つ一つまでもが透き通るような繊細さを持っていて、季節の温度をそのまま葉脈に溶け込ませて、これ以上ないほどの的確な色調でそれを表現する。空も風も山も森も水も大地も、地球の鼓動の体現者であり、またその胎動そのものである、そんな感動さえ鮮烈に感じさせる風景です。 昼前に見晴に到着して軽食を兼ねた休憩をとり、白砂峠へ向かう山道(段小屋坂)へ向かうのもいつもの行程です。見晴には山小屋が多く立地していて、遠くに至仏山のなめらかな姿を目に焼き付けながら、尾瀬ヶ原をまさに見晴らす光景は、何とも言えないすがすがしい構図です。人里を遥かに離れたこの山奧にあって、大地が幾星霜の時間をもって構成した自然の奇蹟はまた、そうした果てしない移り行く大地の変遷の中のほんのつかの間の、本当に一瞬を見ているにすぎません。そうした気分に浸るとき、改めて命の尊さと大地の偉大さとを胸に抱かせます。
段小屋坂の山道を息を切らせながら進んで、清浄な空気や水の造形たる豊かな森の中を分け入ります。日光に照らされた落葉樹の葉はひとつひとつが鮮やかな輪郭を呈してその生命力を誇示して、しなやかながらもダイナミックな生命の力強さを印象付けていました。針葉樹は大地にどっりと構えるような雄々しさを感じさせて、やがて訪れる、すべてから閉ざされる厳しい冬に向かう覚悟のような表情を見せているようにさえ思わせました。そうした凛とした森の下を、汗を流しながら坂道に苦闘する自らの弱さに辟易しながら、白砂峠のピークにようやく達しますと、礫が転がる急激な下り坂をへて、箱庭のような白砂田代へ導かれます。針葉樹の森に囲まれた小さな湿原は、環境保護の努力によって再生されてきたことでも知られます。小さな池塘にうつる綿雲が本物の空に浮かんでいるように鮮やかで、はっとさせられました。 さらに北欧のような森や湿原を抜けて進み、尾瀬沼湖畔の沼尻休憩所で休憩します。静かで平らかでどこまでもクリアなたたずまいを見せる尾瀬沼は、そうした雰囲気そのままにこの日も眼前にその穏やかな表情を見せてくれていました。短い夏と、長い冬とを過ごすこの地にあって、凛としたその水面は、ここで生きるすべての生命の喜びや慟哭、輝かしさを象徴しているようにも思われます。沼の周辺には通過してきた白砂田代のほか、ニッコウキスゲの群落で知られる大江湿原など大小の湿原が点在していて、豊かな森と湖水に抱かれたそれらのコラボレーションに触れることのできることが、このエリアの最大の魅力でしょうか。尾瀬ヶ原では遥かに見通す燧ケ岳も間近にその迫力ある姿を見せているのも印象的です。
尾瀬沼周辺の初秋を満喫しながら東岸の木道を進み、三平下から三平峠を経て大清水への山道へ入り、この日の尾瀬訪問を終えました。大清水までの山道とその後の未舗装道路の踏破は相変わらずたいへんな体力を要する行程なのですが、雄大な山々を見下ろすパノラマに接することのができる場所があったり、秋の様々な草花に和んだりといったちょっとしたイベントも随所にあって、そうした歩きのつらさを軽減させてくれるのがせめてもの救いでした。やがて、尾瀬は本格的な草紅葉の季節を迎え、山は一気に紅葉へとその装いを一変させていきます。一瞬の夏の輝きをいっぱいに保ちながらもそのエネルギーを冬に向けて一斉に発散し次代へつなごうとする営みの少し手前、鮮やかにきらめく一瞬を堪能する一日となったように思いました。 |
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