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仙境尾瀬・かがやきの時
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#11 仲秋の尾瀬、朝霧と清爽の境地 2013年9月21日、まだ夏の余韻が残るも、秋へと季節の移ろいを感じさせる尾瀬へ赴きました。山ノ鼻、見晴、尾瀬沼、大清水と歩くいつものルートです。今回は、これまであまり紹介してこなかった風景もちょっとずつ織り交ぜながら構成していきたいと思います。 湿原から染まる秋色と朝霧の輝き 2013年9月21日、仲秋の尾瀬を歩きました。午前7時過ぎに鳩待峠から尾瀬ヶ原西端の山ノ鼻へと歩き始めました。たおやかな至仏山の山容を左手に時々仰ぎながら、濃緑色に満たされた山道を歩いていきます。川上川に沿って進む山道は、木々が作り出すしっとりとした感触や、快い水音に癒されながらの道のりです。山ノ鼻近くには小さい湿原(テンマ沢湿原と呼ばれているようです)があって、朝日が射し込む幻想的な風景にいつも心躍らされます。樹冠の向こうに見える青空は乳白色を帯びていまして、この季節らしい秋空を想起させました。
山ノ鼻のビジターセンターで湿原の様子を紹介した掲示を確認し、尾瀬ヶ原へ。周囲の森に先立って色づき始める湿原が朝日にきらめく様子が真っ先に目に入りました。そして、刷毛ではいたような雲がかすかにたゆたうクリアなコバルトブルーを呈した大空が大地全体を包み込みます。尾瀬ヶ原は北東から南西の方向に帯状に広がり、北東には燧ケ岳が、反対の南西には至仏山が座する格好になっています。東から緩やかに射す陽光は東の山々に遮られながらまず西から徐々に照らしていき、湿原にかかっていた朝霧を昇華させていきます。木道を歩きますと、後ろにはくっきりとした山並みを間近に見せる至仏山があり、西は朝霧を微かに纏う森や背後の山々、東は薄いヴェールのように日光に透かされる霧に滲む森や湿原、池塘の風景、そしてその延長上にうっすらと燧ケ岳、という構図の中を進むことになります。この早朝間もなくの短い間でしか見ることのできない風景は、これまでもこのヴァーチャルツアーの中でもご紹介していますが、この時はうっすらと草紅葉がその色彩を帯び始めていたので、その美しさもいっそうつややかさを増しているように目に映りました。 「逆さ燧ケ岳」が見える池塘群を過ぎ、牛首分岐を通り、至仏山を遥かに望む眺望スポットである下ノ大堀川のほとりへと歩を進めました。ミズバショウの時期には水辺に咲くミズバショウの向こうに湿原と至仏山とを望むこの場所でしばし休憩します。午前8時45分にもなると、霧はほとんど晴れて、燧ケ岳もはっきりとその姿を望めるようになっていました。目の前をこんこんと流れる下ノ大堀川も、空の色を反映してどこまでも濃い青色をその身に施していました。あちこちに咲いていたエゾリンドウはそんな秋の空の色を、そしてワレモコウはやがてすべてが枯色に染まりゆく大地の色を表現しているのではないかとも思われました。福島県と群馬県との県境である沼尻川がつくる拠水林に守られるような竜宮小屋へ至る手前には、湿原に水が取り込まれ、一定期間伏流した後再び水が湧き出す「竜宮現象」を観察できる場所があります。こうした湿原を潤す水流が、目の前の湿原に生き続く命を支えています。
下田代の光芒、尾瀬沼の水鏡
尾瀬ヶ原周辺の水系は南や東から集まって、福島・群馬・新潟の三県境が交わる付近でひとつになり、只見川となって北へ、日本海への長旅へと出発していきます。尾瀬沼から流出する沼尻川はその中でも最も大きな流れの一つで、尾瀬沼から西へ、燧ケ岳の南を削りながら流れた後、尾瀬ヶ原の東南を縫うように走って中央を横断して、湿原を大きく二つに分けるような、規模の大きい拠水林を形成しています。山ノ鼻から竜宮に来るまでの間でも拠水林を持ついくつかの川を渡りまして、それらのうちの一つ上ノ大堀川により、沼尻川より西の尾瀬ヶ原は西側の「上田代」と東側の「中田代」に分けられます。そして、沼尻川より東の福島県分の尾瀬ヶ原は下田代と呼ばれます。竜宮付近の拠水林の大きさから、前者と後者とでは、後者のほうがやや高燥な印象を受けます。間近に迫る燧ケ岳へと緩やかにつながる大地の起伏や、上田代や中田代よりも近くに迫る周囲の森の緑、そして至仏山の山裾を隠すように生える拠水林の帯が、相対的な湿原としての輝かしさを増長させているためなのではないかとも思います。実際には、下田代も湿原として十分な湿度を持っていまして、池塘や拠水林を伴う小さな水流も存在しています。 燧ケ岳の麓に広がる森と湿原との縁にあたる見晴の山小屋群で小休止をして、尾瀬沼へと続く段小屋坂へと分け入ります。ほとんどがなだらかな道のりであったルートで、ほぼ唯一の上りを伴ったトレッキングコースです。これまでも言及してきましたとおり、木道が設置されているのも部分的で、山側から流れ込む小さな水流を越えたり、ぬかるみや、岩がごろごろしているような個所も少なくありません。とはいえ、周りは本当に美しい緑に覆われた森林です。右側にはわずかに沼尻川のせせらぎの音も聞こえてきます。落葉樹が多くを占める森は日光も十分に射しこんで、明るい緑の中を進むことができます。木々の間から覗く空も輝かしさをそのまま届けてくれていますし、場所によっては本当に近くに迫った燧ケ岳のシルエットも確認できます。山道を進みますと、時折なだらかな斜面にやや木の少ない場所を抜けていきます。おそらくそう遠くない昔(といっても数百年単位での話ですが)、そこでは地滑りがあって一度植生がリセットされ、少しずつ森が戻り始めているのではないかとも思えます。尾瀬沼は数万年前に燧ケ岳の噴火のより沼尻川がせき止められてできたともいわれています。
段小屋坂は尾瀬ヶ原方面から入ると、ピークとなる白砂峠の付近での急坂を除けば、起伏は比較的緩やかで、逆に尾瀬沼方面から入るほうが高低差があって、歩くのにはきついのではないかと思います。白砂峠を過ぎますと、多くの岩が露出した急勾配の道を降りていき、白砂田代と呼ばれる小さな湿原へと一気に下ります。尾瀬沼周辺は、尾瀬ヶ原より約250メートルほど標高が高く、植生も針葉樹が目立つようになります。湿原と針葉樹の森が連続する風景は、尾瀬ヶ原では見られない、このエリアならではのものであると言えますね。そして、まるで鏡のように穏やかな水を湛える尾瀬沼のほとりへ。沼尻休憩所で小休止をして、湿原の向こうに寄り添うように広がる湖面をしばし眺めました。沼尻平と呼ばれるこの一帯からは、燧ケ岳の山容も至近に眺められます。ここからは「ナデッ窪」と呼ばれる窪地に沿った燧ケ岳への登山コースへも進むことができます。ここから尾瀬沼の北岸を進む道程は、しなやかな濃緑色を呈する針葉樹の林の中を、どこまでも静かで輝かしい尾瀬沼の湖面を眺めながら進むものとなります。沼を取り囲む山並みもほんとうにのびやかなスカイラインを空に浸していまして、空のきらめきと大地の静かさとが絶妙に同居する、この上ない涼やかな風景が展開していきます。時々通過する小さな湿原の美しさもまた格別です。 尾瀬沼北東の大江湿原を横断し、尾瀬沼ビジターセンター種変の山小屋群のある一帯を通過し、尾瀬沼東岸のルートへ進みます。この付近ではやはり尾瀬沼の対岸に雄大な姿を見せる燧ケ岳が見どころとなりますが、ルート上にはミズバショウが咲いている湿地帯も少なくなくて、シーズンではその愛らしい姿を多く見つけることができる場所でもあります。ルートもアップダウンがほとんどないので、快適に歩を進めることができます。三平下の山小屋群を過ぎますと、三平峠までは緩やかな上り坂となります。県境は尾瀬沼を横断するように設定されていますが、太平洋側と日本海側とを分ける分水嶺は三平峠を通る稜線です。尾瀬沼の標高が1665メートル、三平峠が1762メートルとのことですので、約100メートルの高低差を上がることになります。三平峠へのおよそ20分の山道からは、尾瀬沼や燧ケ岳、対岸の小湿地群などを木々の間から眺めることができます。
三平峠からは、麓の登山口である大清水まで、急激な下り坂をひたすら進む道のりです。三平峠を過ぎてからしばらくは針葉樹の森の中を進みますが、程なくして視界が開け、南側の山並みを見通すことができる場所に到達します。ここからの風景もしばらく見とれてしまうほどの美しいものです。途中には清冽な清水が沸いていてのどを潤すことができる場所があります。鳩待峠からの下り道とは比べ物にならないくらいの急坂の下りを進むことになるので、体力と足元に十分に気を使いながら歩くこととなります。歩くこと約45分でようやくきつかった山道を抜けて、一ノ瀬休憩所へと到達できました。この休憩所に到着する手前には、渓流を目の前に眺めることができるスポットがあります。新緑や紅葉の季節には、迸る水流とのコラボレーションを楽しむことができます。 一ノ瀬休憩所から大清水までは、高度経済成長期に車道として整備すべく工事が進捗した道筋を歩きます。平たく言えば未舗装の車道を歩いていきます。自然保護の高まりから、ドライブウエイが整備される予定であった計画がここで破棄され、これにより福島県と群馬県の県境は日本で唯一、車両により通過できない県境として残されることとなりました。未舗装の砂利道は、ここまで歩いてきた足にはとことん堪えるのですが、この日に撮影した写真の時間から逆算すると、およそ40分の歩行で大清水に着くことができていたようです。まだ夏の日差しの延長とさえ感じられる輝きに溢れた尾瀬は、山上の清涼な空気に包まれながら、ゆっくりと、そして着実に秋へとその装いを変えていることを実感できる訪問でした。 |
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