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仙境尾瀬・かがやきの時

 
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#20 盛夏の尾瀬、「雨のち晴れ」の一日を歩く 〜多彩な風景に出会う歩程〜

 2019年7月28日、盛夏の尾瀬を再訪しました。未明に降った雨は尾瀬の入口である戸倉の大地を濡らしていました。曇天の隙間からわずかに青空は見え隠れするものの、終始雲にほぼ覆われた空の下、鳩待峠行きのバスに乗り込みました。鳩待峠でも曇り空は相変わらずで、いつもなら望めるはずの至仏山も雲の中でした。雨の影響で湿った木道と、川のように水が流れ下る山道を辿りながら、山ノ鼻を目指しました。

山ノ鼻から牛首分岐を経てヨッピ吊橋へ

 山ノ鼻への山道では、すっかり成熟した緑の下、みずみずしい森の中を歩くことができました。時折木漏れ日が指すものの、一向に天候が回復する兆しはなくて、至仏山も山腹をわずかにみせる程度でした。オオカメノキの花が咲いて、季節の移ろいを感じさせています。テンマ沢湿原では大きく成長した水芭蕉の葉が地表を覆い尽くしていました。山ノ鼻での小休止の後は、いつもとおり尾瀬ヶ原へと歩を進めていきます。湿原は一面に成熟した緑を呈していまして、前回訪れた6月上旬の風景とは一変していました。天気は変わらず曇天の下でしたが、雲の上からは夏の日射しが薄雲越しに湿原に届いているようで、大地覆う草の色彩はどこまでも鮮烈さを含ませていました。

鳩待峠

鳩待峠
山ノ鼻へ向かう木道

山ノ鼻へ向かう木道
川上川

川上川
オオカメノキの実

オオカメノキの実
ヤマオダマキ

ヤマオダマキ
雲に覆われる至仏山

雲に覆われる至仏山

 湿原に突出するように南から張り出した牛首の山塊を右前方に見ながら、湿原の木道を進みます。幾度か交差する河川もしなやかに水を湛えていまして、拠水林や付近の湿原に豊かな水を供給していました。木道に近い場所からは、池塘に隣り合うように群落となったキンコウカや、コオニユリ、ノリウツギ、ヒオウギアヤメ、コバギボウシなどの花々が点々と咲いていまして、尾瀬らしい多様な花々が湿原の緑の中でアクセントとなっていました。尾瀬ヶ原に入ってからは、だんだんと小雨が落ちてくるようになり、牛首分岐からヨッピ吊橋方面へと進む木道へと折れてからはさらに雨脚が強めになってきてしまいました。正面の燧ヶ岳も、最初はうっすらとその山裾を覗かせていましたが、湿原に落ちる雨のヴェールにその姿を隠してしまっていました。木道の両側にはこの時季最盛期を迎えるニッコウキスゲが咲き乱れていましたが、その美しい山吹色の花弁も雨に濡れていました。

 ヨッピ吊橋へと進むこの木道は、尾瀬ヶ原の中央を直線的に進むメインルートと比べて、より周囲の山に近い位置を通るため、その山々の緑をより間近に実感することができます。また、湿原を見渡せる面積もより広くなることから、より尾瀬ヶ原の茫漠とした広がりを実感できます。雨の止み間にふと覗く青空の輝きと、その空が映り込む池塘の涼やかさ、そして夏空の熱量をしなやかに受けとめて、それらが渾然一体となって、夏の素晴らしい尾瀬の風景を体現せしめていました。夏の強い日射しの下ではなく、断続的に雨が降る天候ではありました。しかしながら、目の前に展開する湿原のきらめきは、水と濃厚に関わり合って存立している尾瀬の持つ、元来の夏の色彩なのではないのかとも思われたのでした。

湿原を歩く

湿原を歩く
コバギボウシ

コバギボウシ
湿原と池塘

湿原と池塘
ヨッピ吊橋へ向かう木道から

ヨッピ吊橋へ向かう木道から
池塘に映る空とキンコウカ

池塘に映る空とキンコウカ
木道と周囲の山並み

ヨッピ吊橋へ向かう木道と周囲の山並み
ヨッピ川

ヨッピ川(ヨッピ吊橋より)
竜宮小屋裏の沼尻川と拠水林

竜宮小屋裏の沼尻川と拠水林)

 水が颯爽と流れ下るヨッピ川の様子をヨッピ吊橋より一瞥した後は、川は渡らずに竜宮十字路へと続く木道を辿って竜宮小屋へと進みました。雨は徐々に止んで天候はゆっくりと快方へ向かっていきました。竜宮小屋裏の沼尻川の拠水林はいつものとおり豊かな風合いを呈していまして、尾瀬ヶ原に静かなアクセントを与えていました。


竜宮から見晴、尾瀬沼へ

 竜宮小屋から見晴に向かう木道が通過する一帯の湿原は下田代と呼ばれていることはこれまでもご紹介しているとおりです。ハイカーが多く入山する山ノ鼻からは最も遠い位置にある湿原であり、訪れる人は相対的に少ないことから、静かな環境の下で湿原の風景を楽しむことができるエリアが下田代です。目の前には燧ヶ岳の山体が大きく見えてその頸管が下田代を大きく特徴づけているものなのですが、この日は生憎の曇天で、その全体を拝むことはできませんでした。

下田代の風景

下田代の風景
下田代

下田代、美しい湿原の風景
下田代、池塘とキンコウカ

下田代、池塘とキンコウカ
下田代、六兵衛堀

下田代、六兵衛堀
見晴と燧ヶ岳を望む

見晴と燧ヶ岳を望む
見晴の風景

見晴の風景

 下田代が織りなす風景は、周囲の山並みがつくる穏やかなスカイラインと緑、そしてそれらに囲まれた空間全体に広がる湿原の筆舌に尽くしがたい美しさによってすべてが描出されています。その清爽で卓越した輝度によって照らし出される色彩は、極上の鮮度を保ちながら目の前に存在していました。雨雲とそこからおちる雨粒の湿度を溶け込ませた風は大地と森をしなやかに揺らして、それがどこまでもやわらかに、そしてたおやかに心を躍らせてくれます。湿原の草も最大限に生長して池塘の周囲を覆って、湿原を彩るさまざまな花々をその身に宿しているかのようでした。見晴の山小屋群までの道のりは、湿原と池塘、時折横切る小流と拠水林、そして燧ヶ岳をはじめとした山々が作り出すこの上のない珠玉の景色を存分に堪能できる行程となりました。

 見晴で休息をとった後は、尾瀬沼へ向かう山道(段小屋坂)へと分け入りました。燧ヶ岳の山裾の森はすっかりと成熟した佇まいで、大きく発育した樹冠の隙間からは、わずかに青い部分が見える空を見通すことができました。日射しが差し込む時間が徐々に増えてきているようで、時々森が夏の日に穏やかに照らされていました。雨が続いた後であったため、木道はもちろんのこと、白砂峠へと続くルートの大半を占める、木道が整備されていない山道はふんだんに水を含んでいまして、歩行に注意を要する箇所が多くありました。たくさんの礫が重なる坂道を何度か上った先の白砂峠のピークを過ぎますと、また岩がゴロゴロする坂道を下り、尾瀬沼へと向かう途上の小規模な湿原である白砂田代へと降り立ちます。尾瀬エリアには、白砂田代のような、静かな森に囲まれた小規模な湿原が点在しています。それらの小湿原がそれぞれに湿原らしいみずみずしさを持っていまして、訪れる度に静粛な心持ちになれます。沼尻川に寄り添う針葉樹の森を抜けると、尾瀬沼のほとりの沼尻平へと行き着きます。沼尻休憩所から望む尾瀬沼は、雲の多い陽気の下でも波一つ無い、静かな装いでした。

段小屋坂の森

段小屋坂の森、夏空が覗く
段小屋坂

段小屋坂、水が流れる山道
白砂田代

白砂田代
尾瀬沼

沼尻休憩所付近の尾瀬沼
大江湿原のニッコウキスゲ群落

大江湿原のニッコウキスゲ群落
尾瀬沼と燧ヶ岳

尾瀬沼と燧ヶ岳

 尾瀬沼北岸の穏やかな針葉樹の森と、湖岸に点在する小さな湿原とを交互に通過する形の木道を辿りながら、尾瀬エリアにおける、ニッコウキスゲの最大の群落の一つである大江湿原へと向かいました。雨上がりの湿原を埋め尽くす山吹色のニッコウキスゲは、この日も変わらぬ美しさで、湿原にいっぱいの花を咲かせていました。花びらに雫を纏わせたさまはとても可憐な雰囲気で、コオニユリなどの他の花とともに、夏の湿原をどこまでも艶やかな色に染め上げていました。この頃までにはようやく晴れ間が多く覗くようになって、三平下へと進む尾瀬沼のほとりのビュースポットから、燧ヶ岳の全山を望むことができました。雨の中歩み始めたこの日の尾瀬は、行程の最終盤になって、やっと本来の盛夏の容姿を取り戻し、水によってしなやかに育まれた大地に、新鮮な日光をたっぷりと注ぎ込んでいました。

 
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