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シリーズ・クローズアップ仙台

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#123 定義如来西方寺を訪ねる ~庶民信仰の息づく山間の堂宇~

 2021年6月7日、早朝からの泉ヶ岳登山から泉区朴沢の町並みを散策していた私は、自家用車を進めて青葉区内に入り、そのまま広瀬川の河谷を西へと進みました。そしてその支流である大倉川に沿ってさらに山中に分け入りました。大倉川は、広瀬川の本流より長い支流で、その中流には仙台市の水がめとして利活用される大倉ダムが存在しています。流域に大小の河岸段丘を発達させていて、それらの低地は長年にわたり人々の生活の舞台となってきました。

定義如来門前の風景

定義如来門前の風景
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
定義如来・山門

定義如来・山門
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
貞能堂を望む風景

貞能堂を望む風景
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
貞能堂前からの風景

貞能堂前からの風景
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)

 大倉ダムを東側に迂回する県道をさらに遡り、大倉川を渡った先に、「定義さん」の呼び名で親しまれる西方寺(さいほうじ)の門前へと辿りつきました。正式には極楽山西方寺と呼ぶ浄土宗の寺院です。仙台市の郊外そのさらにその周りの山奥に境内を広げる西方寺は、現在でも多くの参詣客を集める名刹として、仙台市民にとって親しまれる存在です。先にご紹介した朴沢の地にも、この寺院への参詣路が存在していたことからも、その崇敬の深さを感じ取ることができます。門前には名物の三角あぶらげ(油揚げ)を売る店などが軒を連ねています。その家並の先には、国の登録有形文化財である山門が目に入ります。参道の幅に合わせた穏やかな佇まいの山門をくぐり、境内へと歩を進めます。

 この日は朝から雲の多い天候でしたが、定義山へ到着した頃にはすっかり回復してきていて、寺院の堂宇は穏やかな初夏の青空の下に佇んでいました。新緑もよりいっそうその鮮やかさを増して、あやめの花も落ち着いた紫色を見せてくれていました。手水舎や鐘撞堂の先へ、貞能(さだよし)堂の小さなお堂の前へ進みます。1999(平成11)年までは本堂として、本尊が安置されていたお堂です。この貞能とは、平重盛の重臣である平貞能が壇ノ浦の戦い後にこの地に落ち延び、移り住んだという伝説に基づきます。1198(承久9)年の貞能の死後、従臣が遺言に従い墓上にお堂を建てて、阿弥陀如来の宝軸を安置したとされます。貞能はこの地に移ってからは「定義(さだよし)」と改名したことが、この寺院が「定義如来」と呼ばれる端緒ともなっています。

鮮やかなカエデの新緑

鮮やかなカエデの新緑

(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
定義如来・大本堂

定義如来・大本堂
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)


新緑に包まれる五重塔
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
あやめの花と五重塔

あやめの花と五重塔
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)

 この定義如来の「定義」の読み方ですが、現在では西方寺をはじめ、行政などの公的な呼び名では「じょうぎ」で統一されているようです。そのため、当ページのアドレスも「jogi」を採用しました。実は、私が仙台に居た1990年代の頃は、この定義行きの市営バスの方向幕に「JOGE」と書かれていたことを目にしたこともありまして、「じょうげ」という読み方もまた一般的に認められているようです。定義は本来、音読みで「じょうげ」だったが、次第に訛って「じょうげ」となって広く浸透し、現在はオリジナルの読みへの敬意や公的機関の標準語への対応などもあって、「じょうぎ」の読みが正式と取り扱われるようになったということのようです。とはいえ、現在でも仙台市民の多くはこのお寺や地域を「じょうげさん」と呼んでいるようで、それも間違いではないということでしょうか。

 1999年に落慶した大本堂は、総青森ヒバ造という、壮大な規模の六角堂です。一生に一度の願いが叶うとされる阿弥陀如来を祀ります。1986(昭和61)年完成の五重塔は、平貞能への報恩感謝とその供養と、人類の恒久平和を祈念するシンボルの塔として建立されました。広大な境内と、それを取り囲む緑豊かな山並みと、境内に慎ましく咲くあやめの美しい色彩が、書家の青空の下、一体となって輝いて、現代へと受け継がれてきたこの地の信仰の深さとしなやかに呼応しているように感じられました。

新緑の風景

新緑の境内
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
初夏の日差しに輝く

 初夏の日差しに輝く
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
大倉地区の田園風景

大倉地区の田園風景
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)
大倉ダム

大倉ダム
(青葉区大倉、2021.6.7撮影)

 定義山からの帰路、大倉ダムに至るまでの路傍には、小さな水田が開かれていて、田植えの終わったもの、水が引き入れられているものなど、美しい初夏の風景が広がっていました。雄大なな山なみが南北に連なり、広大な山林を含む東北地方にあって、そうした自然に寄り添い、逞しく歴史を紡いできた先人の営みを、それはまた体現している、そう心に刻みました。


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