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尾張・三河探訪


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#2 瀬戸を歩く 〜焼き物が文化として根づく地域〜

 2011年11月26日、香嵐渓のほとり足助を歩いた後、国道155号を北に進み、焼き物の町瀬戸を目指しました。瀬戸の市街地は尾張丘陵を越えた瀬戸川の流域に開けていて、三河から尾張の領域へと入った場所であることを実感させました。名古屋市東郊の丘陵地域は比較的開発の進んでいないエリアでしたが、愛知環状鉄道の開業(1988(昭和63)年)や東海環状自動車道の開通(2005(平成17)年)などと共に工場や文教施設の誘致が続いているようで、従来からの名鉄線沿線における郊外化とともに、飛躍的に地域構造が変容している様子も見て取れました。2005年の「愛・地球博」の会場となったことも記憶に新しいところです。

瀬戸蔵

瀬戸蔵
(瀬戸市蔵所町、2011.11.26撮影)
パルティせと

パルティせと(左)と「小挟間の路」方面の市街地
(瀬戸市西蔵所町、2011.11.26撮影)
瀬戸川

瀬戸川
(瀬戸市栄町、2011.11.26撮影)
磁祖加藤民吉出生の地碑

磁祖加藤民吉出生の地碑
(瀬戸市西谷町、2011.11.26撮影)

 中心市街地が展開する瀬戸川のほとりに立つ瀬戸蔵(せとぐら、博物館や店舗、ホール、会議室などが入った複合施設)に自家用車を止めて、地域散策をスタートさせました。瀬戸川は周辺では護岸が整備されて直線化されており、比較的広大な谷底平野に緩やかな街並みが広がっている風景が印象的です。名鉄尾張瀬戸駅に隣接するパルティせとの丸みを帯びた建物を過ぎ、小挟間坂(こばさまさか)と名付けられた散策ルートへ進みます。瀬戸市では「陶の路(とうのみち)」として4つの散策路を地域と連携しながら設定して、市民の快適な道づくりや地域の歴史文化に触れながら観光できるルートを整備しています。小挟間坂もその1つです。

 近傍には「磁祖加藤民吉出生の地」と刻まれた石碑が建てられています。加藤民吉は江戸後期に九州に赴き磁器生産技術を学び、当時陶器しか作られていなかった瀬戸に磁器製造が普及する契機となりました。瀬戸ではその業績をたたえて、民吉を“磁祖”と尊称され、窯神(かまがみ)神社に祀られています。鎌倉前期の陶工で道元と共に南宋に渡り、帰国後瀬戸に窯を開いて瀬戸焼の開祖となったとする伝説のある“陶祖”加藤四郎左衛門景正(かとうしろうざえもんかげまさ)と並び、瀬戸焼の歴史を象徴する存在となっています。周囲は穏やかな住宅街となっている小挟間坂の坂道を上った先には、窯を模した形状の社の中に祠が鎮座する窯神神社がありました。境内の背後には広大な陶土・珪砂の採掘場が広がります。

窯神神社

窯神神社
(瀬戸市窯神町、2011.11.26撮影)


採掘場の景観
(瀬戸市窯神町、2011.11.26撮影)
陶磁器が並ぶ景観

陶磁器が並ぶ景観
(瀬戸市内、2011.11.26撮影)
市街地の俯瞰風景

市街地の俯瞰風景
(瀬戸市内、2011.11.26撮影)

 小挟間の路は、住宅が立ち並ぶ中に製陶所が点在する界隈を縫うように進んでいきます。視界が開けると、柔らかなアウトラインの丘陵地に抱かれた瀬戸市の中心街をゆるやかに俯瞰することができます。所々に陶磁器が並べられていたり、窯のものと思われる煙突が屹立していたりと、焼き物の町らしい景観に出会うこともできます。工芸家・藤井達吉の工房を移築した入母屋茅葺の建築「無風庵」もルートの途上に位置しています。日常的な住宅地域に溶け込むように焼き物にかかわりのある事物が根づいている風景は、地域が窯業と共に歩み、地域性を育んできた何よりの証左であると思われました。そうした産業と深く結びついた景観は、何物にも代えがたい強度の財産であるのではないかとも思えます。

 小挟間の路の東には、第二次世界大戦中に供出されたため、鐘の代用品として製作されたという陶製の梵鐘(市指定有形文化財)のある法雲寺があり、さらにその東には、771(宝亀2)年創建とされる瀬戸の産土神(うぶすながみ)として信仰を集める深川神社、前述の陶祖・加藤四郎左衛門景正を祀る陶彦(すえひこ)神社が並び建ちます。両神社の南に続く参道を歩き、瀬戸川に至る手前にはアーケードの銀座通り商店街があって、昔懐かしい雰囲気を漂わせていました。

無風庵

無風庵
(瀬戸市仲切町、2011.11.26撮影)
陶製の梵鐘

陶製の梵鐘(法雲寺)
(瀬戸市深川町、2011.11.26撮影)
深川神社

観音山から望む足助の街並み
(瀬戸市深川町、2011.11.26撮影)
銀座通り商店街

銀座通り商店街
(瀬戸市朝日町、2011.11.26撮影)

 瀬戸は「瀬戸物」という言葉が陶磁器の総称として通じるほど、古来より窯業の伝統を持つまちです。その一方で、トヨタをはじめとする輸送機器工業が発達する愛知県下にあって、瀬戸市でも例外ではなく、近年ではそうした機械関係の工業も成長していまして、製造品出荷額ベースでは窯業のそれを大きく上回っているようです(平成24年工業統計では、「窯業・土石製品」が約423億円であるのに対し、輸送用機械と電気機械を合わせたそれは約1,485億円となっています)。従業者数でも依然として窯業関係は2,800人と全従業者約12,000人に対し一定のシェアを占めていますが、電気機械・輸送用機械を合わせた従業者数も約3,000人となっており、窯業は主要な産業でありながらも、その経済的な比率は縮小傾向にあるように思われます。また、中層のマンションなど、名古屋都市圏の郊外化を受けたベッドタウン化の影響も随所に見受けられます。陶磁器のモニュメントが施された欄干越しに、瀬戸川の両側に広がる市街地を眺めて、丘陵の間にたおやかに広がる街並みを見つめながら、街並みを歩きながら感じた焼き物の町の生活感が残照とならずに今後も地域の生の記憶として息づくことを切に望みました。


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