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仙境尾瀬・かがやきの時

 
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#14 2016年5月、尾瀬の早い初夏の訪れ

 2016年5月22日、暦の上では初夏となり、山上の尾瀬でも春本番を迎えたこの日、例年のとおり尾瀬ヶ原から尾瀬沼へと歩きました。通常の年では5月下旬の尾瀬はまだまだ残雪が多く、解けた雪の間から春の花々が徐々に花弁を開き始める頃なのですが、この年は融雪がかなり早く進んでいまして、入山口の鳩待峠にはまったく雪は残っていませんでした。前年までは鳩待山荘前まで乗り入れていた乗り合いバスは、手前に整備された駐車場に発着するようになったようで、駐車場から山荘前までの数十メートルを歩く行程が加わりました。


快晴の尾瀬ヶ原へ進む

 午前7時20分に鳩待峠を出発し、尾瀬ヶ原西端の山の鼻へ向かって木道を下り始めました。鳩待峠から望む至仏山はほとんど雪を残していませんで、真っ青な大空の下、くっきりとしたスカイラインを見せていました。周囲の森も新鮮な緑色を呈していまして、朝のすがすがしい空気にいっそうみずみずしく目に映りました。木道を降りる道すがらには、オオカメノキの白い花やアカヤシオのかわいらしい花も随所に認められまして、長かった冬を超えて一気にあふれ出た生命のエナジーを感じさせます。芽吹きを迎えた若葉に交じる針葉樹はこのエリアの標高の高さを示しています。鳩待峠は日本海側と太平洋側とを分けるいわゆる中央分水嶺を構成します。尾瀬は群馬県域にありながら日本海側に属する場所の一つとなっています。そんな落葉樹と針葉樹が混交する森の間に時折姿を見せる至仏山の山容はとてもなめらかで、その山並みを確かめるたびに、尾瀬へと歩を進める気分が自然と高まってきます。

鳩待峠から見た至仏山

鳩待峠から見た至仏山
アカヤシオ

アカヤシオの花(鳩待峠〜山ノ鼻)
シラネアオイ

シラネアオイ(鳩待峠〜山ノ鼻)
テンマ沢湿原

テンマ沢湿原に朝日が射す(鳩待峠〜山ノ鼻)
湿原と池塘

湿原と池塘
タテヤマリンドウ

タテヤマリンドウ

 薄紫色のつぼみを今にもほころばせそうなシラネアオイの前を過ぎ、木道の間近でミズバショウを見ることができるテンマ沢湿原を通って、川上川の流れを渡って、山の鼻へ。テンマ沢湿原では、多くのミズバショウが葉をいっぱいに広げ始めていましたが、まだまだ白い花も残っていまして、東から穏やかに差し込む朝日に照らされる風景は実にフレッシュな光彩を帯びていました。午前8時前に到着した山の鼻では、ビジターセンターで湿原の様子などの情報収集を行います。ホワイドボードに、木道周辺で観察できる花や動物や、通行に注意を要する場所などの情報がまとめられており、散策の参考になります。この日は、リュウキンカやショウジョウバカマ、タテヤマリンドウといった、尾瀬ヶ原ではよく見られる花のほか、コタヌキモやコバイケイソウ、キジムシロといった花が紹介されていました。

 山の鼻での小休止後、尾瀬ヶ原へと出発します。湿原はわずかに新芽が生じている箇所があるものの、全体的にまだまだ褐色の部分によって広く覆われていまして、尾瀬における冬季の厳しい環境を物語っているように感じられました。周囲の山並みが新緑によって輝きを放っているとのとは対照的です。正面には朝靄にかすみながらも、燧ケ岳の山容もはっきりと望むことができます。ワタスゲやタテヤマリンドウの花が枯野の湿原上にあちこちに瞬いて、山上の遅い春の到来を告げています。タテヤマリンドウは数センチメートルほどの可憐な花です。高さ10センチメートルほどの茎の上に、まっすぐ上を向いてひとつの花をつけています。その愛らしい花の色は透き通るような水色で、直情に広がる空の色をそのまま閉じ込めたかのような清新さがあります。ショウジョウバカマやリュウキンカの花も見つけることができました。いまだ褐色の湿原に、空の色を受け止める水鏡のような池塘が浮かぶように広がります。春から初夏へと時間を進める尾瀬の風は、どこまでもさわやかです。牛首分岐を過ぎ、竜宮手前で北側に分岐する木道の先にある下ノ大堀川沿いのミズバショウ群生地へ。ミズバショウは花の盛りを過ぎていましたが、空の青をくっきりと反射する清冽な流れのかなたに、残雪をかすかに頂く至仏山を美しく眺望することができました。

燧ヶ岳

燧ヶ岳を望む(牛首分岐付近)
上ノ大堀川と拠水林

上ノ大堀川と拠水林
ワタスゲ

木道沿いのワタスゲ
湿原の周囲の山並み

湿原の周囲の山並み
リュウキンカ

木道の間に咲いていたリュウキンカ
下ノ大堀川と至仏山

下ノ大堀川と至仏山


尾瀬ヶ原から尾瀬沼へ、新緑の山道を歩く

 龍宮小屋裏の沼尻川沿いに繁茂する拠水林は、今まさに若葉が芽吹き始めたところで、新緑もまばらな木々の間をすり抜けて、川面に空の青が映っていました。川沿いのミズバショウの多くは葉を勢いよく広げて輝き、5月下旬ながら季節は初夏へと既に進んでいることを実感させました。群馬と福島の県境をなす沼尻川を渡った先の下田代の湿原も、これまでの湿原と同様にまだ春まだ浅い雰囲気を濃厚に残していました。夏には大海原のような茫漠たる緑に覆われる湿原も、まだ枯れ草の色にほとんど覆われています。こうして尾瀬を訪れますと、尾瀬の初夏は山から湿原へ徐々に広がることに気づきます。見晴に到着するまでの間に何本かの小河川を渡りますが、そうした流れを過ぎる度にこぢんまりとした拠水林を通過しまして、瑞々しい若葉に目を奪われます。残雪をほんの少し載せた至仏山はだんだんと小さくなり、代わって燧ヶ岳のごつごつとした山容が間近に迫りますと、複数の山小屋が集まる見晴へと到着します。

 見晴から尾瀬沼へ抜けるルートは、段小屋坂と呼ばれる山中を進む道筋で、本稿でもこれまでに多くご紹介してきた私にとっても馴染みのある行程です。平年では途中の白砂峠を中心に残雪が多く通行がはばかられるのですが、この年はこれまで通ってきた場所と同様に季節がかなり進んでいて雪は全く残っておらず、新緑の木々の下、気持ちのよい踏破を行うことができました。段小屋坂はブナを中心とした穏やかな森に包まれていまして、ミズナラやカエデの仲間の木々も含めて、輝きに満ちた大空のスカイブルーに負けないくらいのヴィヴィッドな鶸色で空を覆わんとしていました。右手には沼尻川の瀬音も聞えて、木々の間からその清冽な流れを望むこともできます。途中からは木道は途切れ途切れとなり、数カ所で小さな流れを渡って、白砂峠への坂へと導かれます。針葉樹も混じる白砂峠は案の定雪はひとかけらも残っていませんでした。白砂田代へと下る中途にはミズバショウも花を残していまして、ヤマザクラが可憐な花を咲かせていました。

龍宮小屋

龍宮小屋を望む
沼尻川

沼尻川、龍宮小屋付近
下田代

下田代と拠水林
下田代

下田代の風景
見晴と燧ヶ岳

見晴と燧ヶ岳を望む
見晴から至仏山を望む

見晴から至仏山を望む

 池塘と湿原、背後の森とが小さな範囲にバランスよく隣り合う楽園のような白砂田代にも、小さな星が瞬くようなタテヤマリンドウが花を開いていました。引き続き快晴の爽やかな空の下、針葉樹の中に広葉樹が混じり合う森の中を進む木道を辿ります。尾瀬ヶ原よりも標高が高いこともあり、ミズバショウもまだ多く花をほころばせていたのが印象的でした。尾瀬沼の北東岸にある尾瀬沼ビジターセンターへのルートの途上にあり、多くのハイカーが休息する場所として利用してきた沼尻休憩所は、2015年9月に焼失してしまい、この日は基礎を残して痛々しい姿を見せていました。小屋前のテラス状の場所で腰かけて小休止し、目の前の穏やかな湖水を湛える尾瀬沼をしばし眺めていました。なだらかな山並みの間を潤すように佇む尾瀬沼の容姿は、いつ訪れても極上の涼やかさを漲らせているように思われました。

 沼尻休憩所付近の湿原(沼尻平)越しに燧ヶ岳の山容を眺望した後は、湖岸の木道を軽やかに歩を進めます。このルートは起伏が少なく、多くが針葉樹の森に包まれているため、夏でも比較的涼しい散策を続けることができます。木々の間からは常に尾瀬沼の瀟洒な容貌を眺めることができ、時折通過する小湿原とそれに入り込む尾瀬沼の小湾が織りなす風景もとても美しくて、このコースをゆく最大の楽しみとなっているように感じます。尾瀬沼ビジターセンターが近づく辺りからは、尾瀬沼の西岸の山並みの向こうにわずかに至仏山の山頂を望むことができるようになります。やがて、盛夏には一面のニッコウキスゲの花畑となる大江湿原を経て、尾瀬沼ビジターセンターへと到着しました。通常であればミズバショウの季節よりもまだ早い時期であるためか、訪れている登山客もまだ少ないように感じられました。


段小屋坂の新緑

段小屋坂の新緑
ヤマザクラ

白砂峠下に咲いていたヤマザクラ
白砂田代

白砂田代
尾瀬沼

尾瀬沼(沼尻休憩所から)
尾瀬沼から見える至仏山

尾瀬沼から見える至仏山
大江湿原と燧ヶ岳

大江湿原と燧ヶ岳
尾瀬沼東岸のミズバショウ

尾瀬沼東岸のミズバショウ
新緑の山々

新緑の山々(三平下〜大清水)
 
 尾瀬沼ビジターセンターからは、沼の東岸を南へ進み、尾瀬沼とその向こうの燧ヶ岳が見える風景を楽しみながら三平下へと進んで、三平峠を経て山道を下る大清水へと至るルートをいつものように歩きました。尾瀬沼のほとりを歩くあたりが、この日一番のミズバショウの群落に出会えるひとときとなりました。三平峠あたりの針葉樹が卓越する景観から、大清水へと一気に下る山道へ、徐々に瑞々しい落葉樹が増えていく風景へと移り変わる眺めは、この尾瀬訪問の終盤における修景です。一ノ瀬からの長い未舗装路を経て午後2時30分前に、大清水へとたどり着くことができました。大清水ではレンゲツツジが早くも花を咲かせていまして、この年の季節の早い進捗を再確認することとなりました。


 
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