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関東の諸都市・地域を歩く
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#102 三浦半島・小網代の森 〜源流から干潟まで包摂する「小宇宙」〜 2016年5月5日、好天が続くゴールデンウィークのこの日、京急線で神奈川県三浦市の三崎口駅を訪れました。三浦市の中心市街地で漁港として知られる三崎へはおよそ4キロメートルの道のりで、路線バスが連絡しています。駅前はターミナルとしては簡素なバスターミナルがあるものの商業的な集積はありません。これは京急がこの先の油壺まで路線を延長する計画で、この場所に暫定的なターミナルを置いたものの、計画は白紙となり、その臨時と目された駅がそのまま終着駅となったことに起因しています。この路線延伸が断念された背景のひとつに、線路が通過する予定だった小網代(こあじろ)湾とその周辺の自然保護運動の高まりがあります。
三崎口駅徒歩で出発します。駅の周辺は丘陵性の台地となっており、三浦野菜として知られる大根やキャベツなどが生産される畑が広がります。畑と丘陵の森とが交錯する風景の彼方にはすいへいせんを見通すことができます。国道134号を道なりに進み、およそ1.1キロメートルの歩程で小網代の森への入口に到達します。具体的には、引橋交差点手前の信号を左(西)に入りますと、小網代の森へと続く散策路へと進むことができます。「小網代の森」は、小網代湾の湾奥に面したおよそ70ヘクタールの森です。湾へ流入する浦の川の集水域が、森、湿地そして干潟へと連続的に保存されている場所は極めて稀で、関東地方や東海地方では唯一の環境とも言われています。森の中央には柵のある散策路が整備されていまして、この貴重な自然を存分に体感することができるようになってます。 引橋入口と呼ばれるエントランスから、散策路の階段を下りて、落葉広葉樹が生い茂る森の中へと踏み入ります。かつてはこの森は周辺住民が薪として利用する木材を手に入れる、いわゆる薪炭地で、谷地には水田が開かれていた場所であったようです。高度経済成長期に開発計画が持ち上がるとそうした農地は放棄され、現在の自然に溢れる森へと姿を変えました。この他に類例の少ない景観を保全する運動が高まり、県や市を中心とした調整が行われた結果、現在の緑に満ちた小網代の森が維持されることとなりました。木々の間から漏れる日光や、頭上の樹冠の間から覗く青空の輝きはとても快く、美しい緑と水辺の景色に触れながら、気持ちのよい散策を続けていきます。
浦の川の狭い流域には随所に湿地帯が形成されて、多くのシダ類が生育しています。アスカイノデやリョウメンシダが沢に沿っていっせいに葉を広げていまして、両側の森の緑へと涼やかなグリーンカーテンをつなげています。地面を覆うシダや草花、川を覆うように続く森、そしてそこに差し込む日光。このような太古の昔から変わらないような、自然そのままの風景が散策路沿いに続いていきます。ここが首都圏からも程近い地であることが信じられないほどの豊かな景観が、訪れる人々を魅了します。小網代の森は、その限られた流域の中で、その場所に適応したさまざまな植生を擁していまして、短い距離の中で実に多様な植物相を観察することができます。源流に近い斜面林はコナラなどの落葉広葉樹が支配的で、アスカイノデなどのシダの谷を経て、下流域ではハンノキやジャヤナギなどの木立へと移り変わり、やがて河口付近の干潟近くではクサヨシやヨシが繁茂する湿地となります。「まんなか湿地」と名付けられたあたりまで来ますと、川は谷から平坦な地形へと出て、ジャヤナギが多く生育するエリアとなります。「やなぎテラス」と名付けられたスポットでは、そうしたヤナギと草原とが広がる平地の背景に、流域を取り囲む周りの丘陵地の鮮やかな森とが重なる風景を目にすることができます。 広くなった流域に沿うようにさらに歩きますと、えのきテラスと名付けられた場所を経て、小網代の森の環境を象徴する干潟へと散策路は行き着きました。アシ原には多くのカニが棲息していまして、多くの生物のまさに楽園となる環境が保持されています。アカテガニは陸地を好むカニで、小網代の森がつくる森と河川、干潟の連接が格好の住処をこのカニに与えています。干潟にはそのほかにも多くのカニや魚を目にすることができまして、改めて小網代の森の素晴らしい風致を実感しました。干潟から源流部の森を振り返りますと、この小さな川の流域と背後の森とを穏やかに望むことができまして、ここがまさにここに存在する生き物にとってかけがえのない「小宇宙」なのではないかとの考えに思い至りました。
「眺望テラス」で小網代の森の景色を目に焼き付けた後、「宮ノ前峠口」と呼ばれるルートを通って小網代の森を後にしました。小さな峠を越えて進みますと、小網代の集落は目と鼻の先です。峠の名前の元と思われる、地域の鎮守・白髭神社は、航海安全・大漁満足の神として信仰されてきました。さらに進むと、マリーナや京急油壺マリンパークなども立地するエリアも程近くなります。こうした現代の町並みと手つかずの貴重な自然とが近接していることの奇跡に改めて感嘆するとともに、唯一無二の美しい緑と水の風景とに心ゆくまで癒やされました。 |
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