Japan Regional Explorerトップ > 地域文・近畿地方 > 奈良クルージング・目次

奈良クルージング


 ←#1のページ  #3のページへ→
#2 斑鳩の里を歩く 〜法隆寺とその周辺を行く〜

 2013年6月29日、梅雨の晴れ間の奈良を訪れました。夜行の高速バスで早朝の新大宮駅近くのバス停に到着後、近鉄線で近鉄郡山駅で下車してJR郡山駅まで徒歩で移動、JR大和路線(関西本線)で法隆寺駅に到達、斑鳩町内の散策をスタートさせました。この日は雲一つない本当に良い天気で、最高気温30度超の暑さの中での訪問となりました。

龍田神社

龍田神社
(斑鳩町龍田一丁目、2013.6.29撮影)
龍田の街並み

龍田の街並み
(斑鳩町龍田二丁目付近、2013.6.29撮影)
竜田川

竜田川
(斑鳩町龍田四丁目付近、2013.6.29撮影)
矢田丘陵南麓の集落景観

矢田丘陵南麓の集落景観
(斑鳩町龍田北五丁目付近、2013.6.29撮影)

 駅から北へ歩き、行き当たる国道25号を西へ折れて進みます。法隆寺前交差点を通過し、斑鳩町役場前へ。役場前を東西に直線的に国道をクロスするルートは、国道の東側は並松商店街という名前の昔ながらの商店街で、庶民的な街並みが続きます。交差点の西側の龍田地区は、龍田神社門前を中心に町屋や土蔵が立ち並ぶ古い町並みが美しいエリアとなっていました。龍田は大阪と奈良を結ぶ奈良街道の宿場町として栄えた歴史があります。現在の国道のルートは幅員の狭い街道筋に沿って後に開通した新道であるといえそうです。龍田からは南に当麻寺への参詣道も分岐していました。街並みを抜けますと、紅葉の名所として古くより和歌に詠まれてきた竜田川の流れに行き着きます。紅葉の美しい場所は新緑もまた素晴らしく、生き生きとした緑のカエデが夏空にきらめきを放っていました。

 竜田川沿いを散策していますと、傍らに「藤ノ木・業平 つれづれの道」と刻まれた道しるべが建てられていました。龍田の街並みや竜田川など、法隆寺西側の地域を歴史を感じながら散策できるように設定された散策路であるようでした。添えられていた地図や先々の道案内表示を頼りにその道筋を辿ってみることにしました。業平とは言うまでもなく歌人として名高い在原業平のことで、竜田川を詠んだ短歌「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」が知られます。地域内には、在原業平が大和と河内を行き来するのに通ったとされる「業平道」とされる道筋も通過していまして、業平ゆかりの地の一つともなっています。生駒山地の東側に同山地に沿うように南北に延びる矢田丘陵の南端にあたるのびやかな里山の中をそぞろ歩きながら、丘に寄り添うような集落や谷戸の水田、彼方にたゆたうような二上山から吉野へ続く山並み、耳成山等の大和三山まで広がる眺望を楽しみました。間近には散策路のもう一つの名前になっている藤ノ木古墳もあって、古代から継続してきた歴史を感じさせます。

藤ノ木古墳越しに遠望

藤ノ木古墳越しの遠景
(斑鳩町法隆寺、2013.6.29撮影)
西里集落の景観

西里集落の景観
(斑鳩町法隆寺西一丁目、2013.6.29撮影)
法隆寺

法隆寺金堂と五重塔(大講堂前より南向きに撮影)
(斑鳩町法隆寺山内、2013.6.29撮影)
法隆寺・夢殿

法隆寺・夢殿
(斑鳩町法隆寺山内、2013.6.29撮影)

 藤ノ木古墳の北東、法隆寺西院伽藍(金堂や五重塔を中心とした境内)の西に隣接する西里集落は、法隆寺を支える大工集団が暮らした街を基礎として成長したまちです。法隆寺へと続く西里の路地には、細く長く築地塀が連なり、土蔵造りの建物も多く、こちらも長い歴史を刻んできた古い町並みが印象的です。法隆寺は高校の修学旅行以来の再訪となりました。世界文化遺産の指定を受ける世界最古の木造建造物である伽藍は、屈託のない夏空の下凛として佇んでいるように見えました。

 夢殿を中心とした東院伽藍や、やはり聖徳太子ゆかりの寺である中宮寺など巡った後、法隆寺とともに世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」の構成資産である法起寺へ向かいました。日本最古の三重塔は、708(慶雲3)年の建設です。山背大兄王が太子の遺命により宮殿を寺に改めたものと伝えられます。法起寺とともにその創建が飛鳥時代に遡るとされる法輪寺は、聖徳太子の長子山背大兄王(やましろのおおえのおう)が子の由義王とともに太子の病気平癒を願い建立した伝えられています。法起寺から法輪寺へと向かう途上には、山背大兄王がの墓所と伝えられる丘陵(富郷陵墓参考地)もあります。


中宮寺

中宮寺
(斑鳩町法隆寺山内、2013.6.29撮影)
法起寺・三重塔

法起寺・三重塔
(斑鳩町岡本、2013.6.29撮影)
法輪寺

法輪寺
(斑鳩町三井、2013.6.29撮影)
斑鳩の里

斑鳩の里、法隆寺を望む
(斑鳩町法隆寺東二丁目付近、2013.6.29撮影)

 飛鳥時代からの歴史を伝える伽藍群と、多くの歴史的資産とを、その美しい田園風景の中に宿す斑鳩の里は、丘陵地を背後にした自然豊かな風光も相まって、内外からこの地位を訪れる人々の心を魅了し続けています。古より奈良と難波とを結ぶ交通の要路上にあって、矢田丘陵の南にゆるやかに広がる斑鳩の里は、聖徳太子が斑鳩宮を造営して飛鳥より移り、法隆寺をはじめとした寺院群を建立して以来、古代における仏教文化の残照が色濃く残る地域としてその命脈を保ってきました。山々と水田が交錯するわが国ではごくありふれた田園風景に、五重塔が屹立する風景は、斑鳩の里が持つ唯一無二の歴史的資産であるといえるのかもしれません。

 ←#1のページ  #3のページへ→


このページの最初に戻る

 「奈良クルージング」の目次のページにもどる      
トップページに戻る


(C)YSK(Y.Takada)2016 Ryomo Region,JAPAN