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大阪ストーリーズ


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#26 心斎橋から道頓堀周辺を歩く 〜一大繁華街“ミナミ”の喧噪〜

 2019年9月7日、大阪中心部・中之島周辺から船場の町並みを散策してきた私は、本町通から御堂筋に出て、南へと歩を進めました。摂津国総社としての歴史を持つ難波神社を訪問後、心斎橋筋へ。埋め立てられた長堀跡に建設された長堀通の直下には、地下街のクリスタ長堀があり、心斎橋が地下街の上を渡る部分には往時の心斎橋を模した石造の欄干やガス灯が復元されています。地下街の屋根は波打つようなデザインで、かつての長堀の流れをイメージしたものであるとのことです。



船場センタービル
(中央区船場中央三丁目、2019.9.7撮影)
せんば心斎橋筋商店街

せんば心斎橋筋商店街
(天王寺区堀越町、2019.9.7撮影)


難波神社
(中央区博労町四丁目、2019.9.7撮影)
心斎橋付近の御堂筋

心斎橋付近の御堂筋
(中央区博労町三丁目、2019.9.7撮影)
心斎橋

心斎橋
(中央区心斎橋筋一丁目町、2019.9.7撮影)
心斎橋

心斎橋の風景
(中央区心斎橋筋一丁目、2019.9.7撮影)

 
心斎橋筋はこの心斎橋に通じることからその名があります。商業地の船場と、その南側の島之内(長堀から道頓堀までのエリアを指す地名)、そして道頓堀をつなぐ道筋として、藩政期以降、通りの周辺は繁華街として成長しました。現在では老舗の百貨店やハイブランドの店舗が集積する高級繁華街として、東の銀座に比肩する知名度を誇る町となっています。心斎橋筋自体はアーケード商店街となっており、大丸百貨店や心斎橋OPA、パルコなどの店舗が軒を連ねて、洗練された町並みが展開していきます。道行く人の波も多くなって、ここが大阪の一大繁華街の只中であることを実感します。この心斎橋をはじめ、その南側に続く道頓堀や千日前、難波といったエリアは、梅田や北新地を中心とした繁華街である「キタ」に対し、「ミナミ」と呼ばれていることは内外に知られていることと思います。心斎橋筋は道頓堀川に架かる戎橋へと到達し、道頓堀の繁華街へと人々を誘います。大阪ミナミを紹介する場合、必ずと言っていいほど紹介される「グリコ」の巨大看板がある場所です。

 道頓堀川の両岸には「とんぼりリバーウォーク」と呼ばれる遊歩道が整備されています。川端の道路よりも一段低く、親水性の高いプロムナードで、両側の道頓堀や宗右衛門町などの町並みを道頓堀川の水面に並びながら散策することができるようになっています。いわゆる道頓堀と呼ばれる繁華街は道頓堀川南の道頓堀通に面する一帯を指します。繁華街の端緒は、この場所に道頓堀五座と呼ばれる劇場ができ、それを中心に芝居小屋と茶屋とが一体となった歓楽街ができたことに始まります。その賑わいが増すにつれて船場と市街地が連担し、さらに一大繁華街・歓楽街としての「ミナミ」が成立していくこととなります。リバーウォークから見上げる飲食店群は実に繁華な印象で、この町の賑わいを何よりも鮮烈に現出させていました。

戎橋

戎橋
(中央区宗右衛門町、2019.9.7撮影)


道頓堀川(戎橋より)
(中央区宗右衛門町、2019.9.7撮影)
とんぼりリバーウォーク

とんぼりリバーウォーク
(中央区宗右衛門町、2019.9.7撮影)
道頓堀の風景

道頓堀の風景
(中央区道頓堀一丁目、2019.9.7撮影)
道頓堀筋

道頓堀筋、立体的な看板
(中央区道頓堀一丁目、2019.9.7撮影)


くいだおれ太郎
(中央区道頓堀一丁目、2019.9.7撮影)

 遊覧船が行き交う道頓堀の様子を戎橋より一瞥した後、橋を南側へ渡って、道頓堀通へと進みます。多様なエンターテイメントの町として発達した町は今、そのテイストを残しながらも、賑わいに溢れた繁華街・歓楽街として活力に満ちていました。道頓堀を象徴する、立体的かつ動く巨大な看板も随所にあって、街の喧騒を頼盛り上げていました。有名な「くいだおれ太郎」の人形も現役です。沿道の建物という建物が派手に装飾されているといった印象で、そのこの上のない存在感に圧倒される町並みです。

 太左衛門橋から南へ、かつて墓地や焼き場のあるエリアへと向かう道筋であったという、千日前の商店街へ。現在もこの場所にある法善寺が千日念仏を祀っていたことから千日寺と呼ばれたことが、通りの名前の由来です。近代以降、墓地であった場所も市街地が拡大し、現代では周囲と遜色のない繁華街となっています。全身苔むした姿で知られる水掛不動で知られる法善寺もその市街地の中に佇みます。北側の路地は「法善寺横丁」と呼ばれ、繁華街にありながらも石畳の路面に、かつてのこの場所の縁を残しています。心斎橋筋は、戎橋より南は戎橋筋となります。その戎橋筋のアーケード街へと出てさらに南へと歩いて、千日前通の大幹線へと出ました。商店街は道路を横断した先へも続いていて、難波駅方面から東西に延びる「難波本通・難波センター街」へと接続します。



千日前商店街
(中央区道頓堀一丁目、2019.9.7撮影)
法善寺横丁

法善寺横丁
(中央区道頓堀一丁目、2019.9.7撮影)
法善寺

法善寺
(中央区難波一丁目、2019.9.7撮影)
水掛不動

水掛不動
(中央区難波一丁目、2019.9.7撮影)
戎橋筋の商店街

戎橋筋の商店街
(中央区難波一丁目、2019.9.7撮影)
難波交差点

難波交差点
(中央区難波一丁目、2019.9.7撮影)

 心斎橋から道頓堀周辺は、ミナミという大阪における一大繁華街・歓楽街を構成しているということにとどまらず、商業の町・大阪の現代における表象的なイメージを鮮烈に印象づけさせるエリアであることを実感しました。そして、トラディショナルな大阪の中心地である船場に対し、郊外的な位置づけでったこの場所が、町が拡大するにつれて新興の中心ととして勃興し、やがて都市を代表するランドマークへと発展した歴史の舞台であることも特筆すべきポイントであると言えると思います。

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