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仙境尾瀬・かがやきの時
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#17 沼山峠から大江湿原、小淵沢田代へ 〜雨中の湿原と森の風景〜 2017年7月29日、夏本番を迎えた尾瀬をこの年再訪しました。今回は、これまで利用してきた群馬県側の鳩待峠からではなく、福島県側、檜枝岐村の御池(みいけ)駐車場からシャトルバスで沼山峠バス停(休憩所)へ向かい、そこから大江湿原へ向かうルートを採りました。檜枝岐村は福島県南西部の秘境とも言える山村です。当地からはまず国道122号で日光に出て、国道121号で鬼怒川温泉を経て福島県へと進み、そこから国道352号を延々と車を走らせ、およそ4時間の所要です。 沼山峠休憩所から大江湿原へ この日の尾瀬は終始曇天で、時折止み間もあるものの、しとしとと雨の落ちる天候でした。群馬県側の鳩待峠までの道路と同様に、国道352号沿いの御池駐車場から沼山峠休憩所までの車道もマイカー規制が実施されています。地元のバス会社が運行するシャトルバスを利用し、沼山峠休憩所へと向かいました。同休憩所までの車道からは、勾配が上がるにつれて眼下に美しい山間の眺望が開ける場所もありまして、沢伝いに進む鳩待峠へのルートとはまた違った、しなやかな高原の風景を楽しむことができます。約20分の乗車で、尾瀬沼北側の大江湿原への玄関口となる、沼山峠バス停(休憩所)へと到着しました。この場所の標高は1700メートルで、周囲は広葉樹と針葉樹が混交する、穏やかな森になっています。折から降り出してきた雨のため、レインコートに着替えて登山口へと向かいました。
沼山峠バス停からは、しばらく木道が整備された山道を登る形となります。水をたっぷりと含んだ木道はたいへんすべりやすくて、場所によっては雨水が歩道に沿って流れている場所もあり、踏破には注意を要します。足許にはみずみずしい花弁を雨に濡らしたゴゼンタチバナをはじめとした草花も可憐な花を咲かせていまして、緑濃い森にうるおいを与えていました。やや急な上りの山道を進むこと20分ほどで、このルートの最高地点である沼山峠展望台へとたどり着きました。標高1770メートルの峠からは、針葉樹の樹冠の向こうに大江湿原を望むことができるのですが、この日はすっかりとガスに覆われていまして、それを確認することはかないませんでした。 ここからは山道はゆるやかな下りとなります。マイヅルソウなどの花々がかわいらしい花をつける木道を、相変わらず足許に気をつけながら歩いて行きますと、クリスマスツリーのようなオオシラビソの木立の向こうに、徐々に湿原の緑色の平原が視認できるようになっていきます。そして沼山峠展望台からおよそ15分ほどで、尾瀬沼北東岸へとゆるやかに続く大江湿原の北端へと進むことができました。鳩待峠から山ノ鼻へのルートと比較すると、最初に上りはあるものの、ほぼすべての区間が木道となっているので、尾瀬沼へのアプローチとしては快適な山道であるように感じられました。まさに初心者向けのコースであると言えます。
雨露に濡れる湿原は青空の下のそれとは趣を異にした、絹糸のようなしなやかな輝きを秘めていまして、大江湿原のこの季節の代名詞でもあるニッコウキスゲの色彩をよりしっとりとした風合いのものへと昇華させていました。ヒオウギアヤメやワタスゲなどが軽やかに揺れる湿原の中を、ゆっくりと散策しました。背後の森も霧のヴェールにその身を委ねて、快い天水をその身に受け止めていました。 小淵沢田代、天空の楽園の趣き 木道の傍らに夏らしい山吹色の花を咲かせているニッコウキスゲも、この日はその花びらや茎や葉にいっぱいに雨粒を宿していました。湿原の草も長い葉に点々と雫を蓄えていまして、さながら宝石が鏤められているかのような輝きを呈していました。コオニユリも盛夏の鮮やかさをこの一時は抑えて、霧雨が表現する涼やかな情景にアクセントを加えていました。尾瀬沼へと近づくにつれて、ニッコウキスゲの花も増えていきまして、大江湿原を象徴する風景の一つである、三本カラマツの周辺はまさにニッコウキスゲの花畑といった装いでした。ミズバショウの季節とは比べものにならないほど、その密度を増した湿原の緑は、いっそうその鮮やかさを周りの森へと伝えて、その緑の厚みに負けないくらいに咲き誇るニッコウキスゲを軽やかに受け止めています。尾瀬沼ビジターセンターに到着後、鉛色の空の色の純度をそのままに映すような尾瀬沼の水面を眺めて、小休止の時間をとりました。
ビジターセンター周辺の山小屋が集積するエリアを抜け、東側へと進む木道を進みます。山小屋に隣接する一角はキャンプ場として解放されていまして、雨のこの日もいくつかのテントが張られていました。キャンプサイトを抜けますと、小淵沢(こぶちざわ)田代へと向かう山道となります。標識には小淵沢田代とともに鬼怒沼が併記されていました。鬼怒沼は福島、栃木、群馬の県境を構成する山嶺をひたすらに進んで到達する場所であるため、そうした遙か彼方の沼の名前を見つけたときは新鮮な驚きを覚えました。相変わらず弱い雨の続く山中を、小淵沢田代に向かって歩いて行きます。針葉樹を中心とした森は、夏の雨を受けてしっとりとした装いを見せていまして、やがて遠方の平野を涵養することとなる水が生まれる源流地帯であることを実感させました。山道はたっぷりと水を含んでぬかるみ、時々横切る小流はその流れの勢いを増していました。 標高1660メートルの尾瀬沼ビジターセンターから、標高1810メートルの小淵沢田代へは、途中からはつづら折れの急勾配の山道となります。晴れていれば、木々の間から燧ヶ岳や尾瀬沼への眺望が開ける場所もあるようなのですが、この日は当然見ることができませんでした。断続的に続く木道の上を歩いたり、びっしょりの泥に覆われた山道の上を行ったりしながら上り坂を歩いて行きますと、南側の檜高山から続く尾根筋の頂点へと到達します。そこからは小淵沢田代へ向かって階段のあるルートを下る格好となります。その下り坂が落ち着いてきますと、森の合間から一気に視界が開けて、小淵沢田代の湿原へと到達しました。尾瀬沼ビジターセンターからはおよそ50分の所要でした。
尾瀬周辺ではしばしば目にする「田代」は、湿原を指す呼び方です。田代は水田の意味で、山と山と間を涼やかに埋める湿地の様を、水田になぞらえたものであるのでしょう。小淵沢田代は山上の森に囲まれた穏やかな湿原で、頭上には広大な大空が広がって、まさに「天空の楽園」のような佇まいを見せていました。薄曇りの空からは細かい水滴が止めどなく降りていまして、霧に沈む森のしなやかな情景も相まって、幻想的な緑色の大自然が目の前に展開していました。もし眼前の景色が快晴の下であったら、夏の太陽の輝きをいっぱいに浴びて、山々を渡るさわやかな風に吹かれる、目眩く大パノラマ出会ったに違いありません。西方には雲の合間にわずかに燧ヶ岳の稜線と思しきスカイラインも顔を見せていまして、自分以外誰ひとりいない空間の中で、その極上の景観にしばし浸りました。湿原の緑はそのやわらかな葉柄をいっぱいに広げて、可憐に黄色の小さな花を咲かせるキンコウカを受け止めていました。こぢんまりとした池塘もあって、湿原にのびやかなアクセントを添えています。 小淵沢田代の風景を堪能した後は、この天空の楽園へと到達できるもうひとつのルートである、大江湿原へと出るルートを進みました。大江湿原へ向けてゆるやかに下る山道は、トウヒやオオシラビソなどの針葉樹と、落葉の広葉樹によって構成される森の中を辿る形となります。傍らに目を向けますと、朽ち果てた倒木が苔むしていたり、シダが穏やかに繁茂していたりといった様子を観察することができまして、命が生まれやがて土に戻る森における生命の循環の只中を今踏みしめてるということを実感できます。場所によっては大きい水たまりやぬかるみがあって歩行には苦労しましたが、約40分ほどの所要で、大江湿原へと戻ることができました。
大江湿原からは行き来た沼山峠バス停への道を戻り、徐々に雨が強くなる中、沼山峠休憩所へと帰還しました。雨の中訪れた尾瀬は、晴天の時とはまた違った、幽玄たる大地と行った風情を一面に醸し出す異世界であるように思われました。日の光をほしいままにして輝きの絶頂にある尾瀬が成立するためには、こうしたみずみずしい天水を穏やかに受け止める時間が必要であることを再認識した訪問であったように感じられます。 |
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