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シリーズ・クローズアップ仙台
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#50 あすと長町地区 〜仙台市南部の複合広域拠点都市を目指して〜 2007年3月18日に、東北本線長町駅と南仙台駅の間に新駅・太子堂(たいしどう)駅が開業しました。これに先立って、2006年9月18日には高架駅としてのJR長町駅も開業し、長町付近の東北本線の高架化がこれによって供用開始となりました。JR線を東西に通過できる場所は高架化前の4箇所から、13箇所へと大幅に増やされる予定とのことです。新しいJR長町駅は旧駅より北に移動し、旧駅の部分は太白区役所の北を通って長町駅前まで達している都市計画道路「長町八木山線」が延伸されるための敷地となります。新駅「太子堂駅」の部分で東北本線を跨いでいた国道4号線は高架化に伴って跨線部分の通行が停止され、長町駅東側を貫く南北の大通り「あすと長町大通り線(市道)」へとつながるようになります。2006年12月にあすと長町大通り線は南側の区間が供用開始されまして、長町駅西口方面へは新設された市道「あすと長町環状線」により向かうようになりました。あすと長町大通り線は、2007年春に広瀬河畔通までの全線が供用開始となる見込みのようです。東北本線の高架化完了に合わせるかのように、景観の変化が進んで、大規模な土地区画整理事業の態様が少しずつながらも目に見えてくるようになってまいりました。 「あすと長町」とは、JR長町駅東側に展開する貨物ヤード跡地を中心としたエリアを土地区画整理によって新たな市街地を形成しようとする一大プロジェクトに付されたまちの名前です。2006年8月に従前の住居表示を再編し、住所上名前としても正式に「あすと長町(1〜4丁目)」が誕生しました。「あすと」の由来は、「明日」と「US(英語で「わたしたちを」の意)」の意味をこめた「あす」に、「都・街」のニュアンスを含めた「と」の文字をつなげ、「未来の私たちの街」の願いをこめたものとの説明がされているようです。土地区画整理の施工面積は約82ヘクタール、1997(平成9)年度から着手された事業で、2010(平成22)年度完成を目標として進められています。先にご紹介した「あすと長町大通り」は、区画整理地を南北に縦貫する地区のシンボルロードと位置づけられており、幅員約50メートルの大通りとなり、ゆったりとした歩道や街路樹をふんだんに設けたオープンスペースを配置するなど、「杜の都仙台」を象徴するような道路とする計画であると市は説明しています。高架化の完成とシンボルロードである「あすと長町大通り」開通を機に、2007年春、北半分の地区を対象に「街びらき」を行うことが当面の目標とされているようです。
地下鉄長町駅を出て、マンションと公共施設が複合された再開発ビル「たいはっくる」の前を通りますと、高架化開業したJR長町駅が見えてまいります。新駅の前は暫定のタクシープールがあるほかはシンプルな外観で、北側には2007年6がつ開通を目指して新しい地下鉄出入口の工事が進捗しているようでした。旧駅のロータリーや駅舎のあった一帯は工事施工区域として閉じられていまして、都市計画道路の延伸建設がまさに始まろうとしていました。JR長町駅周辺は駅前広場や駐輪場などの整備が予定されているようで、2007年度にまずはあすと長町側(東口)の広場と東西の駐輪場を完成させ、翌2008年度に西口広場を施工する計画のようです。 JR長町駅のコンコースを通り、東側に出てみました。フィールドワーク当時(2006年12月30日)は一面の更地で、東側の既存市街地までの広大な空虚な空間が広がっていました。線路をくぐって半地下状になっていた東西連絡歩行者用通路は、高架化によって晴れて地上を通るように変わっていました。西に「たいはっくる」や高架化された新・長町駅のようすを眺めながら、東に郡山地区の住宅地域を見通しながら、広大な空の下、土地区画整理地内を行く歩行者用通路を進みました。間もなく全通が見込まれる「あすと長町大通り」も街灯が両側に立てられ、工事が急ピッチで進められているようでした。旧貨物ヤードの東側を画していた片側一車線の市道長町駅東線に出ますと、この地域で古くから営業しているスーパーマーケットがあります。このスーパーを含む一帯も将来的には「あすと長町」の範囲となり、店のすぐ北を都市計画道路「長町八木山線」が貫通することとなります。市道を南へ、太子堂地区方面へ向かって進みました。
西に大通りを建設中の土地区画整理施工地を、東に郡山地区の住宅地域をそれぞれ眺めながら、市道を歩いていきます。工事用のネットが張られていない場所からは、東北線の高架の先の、長町の市街地が見通せます。既存の建物に混じって、建設中の高層マンションも数棟あって、長町における都心への高いアクセス性と一定の中心性を志向した住宅ストックの供給熱は依然高いことを彷彿とさせます。「あすと長町環状線」の一部をなす道路の南側では、前述のとおり国道4号線の迂回路も兼ねて、大通りの供用が既に開始されていまして、多くの車両が盛んに通過していました。取り壊しを待つ状態となっている旧国道4号線の跨線橋の先には、3月の開業を控えて整備が最終段階となったJR太子堂駅のプラットホームが見えていました。この駅はJRに対して土地区画整理施工者である仙台市とUR都市再生機構が工事費用の全額負担を持って設置を要望してきたいわゆる「請願駅」です。フィールドワーク時には駅方面へつながる通路が十分に整備されていない状態で、遠くに眺められるだけでした(前述のとおり、2007年3月18日に太子堂駅は開業しました)。ただただ広大な、建造物の無い空間の中、シンボルロートとなる大通りだけが形を現しはじめた「あすと長町」の胎動を感じながら、JR長町駅まで戻りました。 今後、2007年春に予定されているという「街びらき」をもって、いよいよ本格的な「あすと長町」の整備が進められていくこととなるでしょう。あすと長町公式ページを見ますと、北部地域では一部住宅エリアが完成している場所もあり、また新・市民病院の建設や、「杜の広場」などの環境との共生を目指した施設づくりなどが計画されているようです。区画整理地内は、住宅機能のほか、商業・サービス機能や業務機能なども計画的に立地させて、多面的な顔を持つ都市型居住地区を目指すとのことです。広大な、まだ建築物の何一つ無い空間を目の当たりにしますと、いろいろな想像が膨らみます。とはいえ、低成長時代を迎えたわが国において、仙台都市圏の大きさを考えた場合、開発の規模が無理のない適正な範囲内であるのかどうか、また長町はこれまでも仙台都市圏の南の中心地として長町駅西側の既成市街地において一定の商業機能が集まっていますから、そことの間での競合関係は十分に考慮されているのか、など不安材料や再検討されなければならない課題もまた多いと思われます。いよいよ形が見え始めた「あすと長町」の今後を注目していきたいと思います。
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